「こんな時間に人里へ降りてきている妖だ。害がある。俺はそれを祓う義務がある」
「ちがうもん……っ、母さんが病気で、三門さまに、お薬もらいに……」
だんだんと声が小さくなっていき、女の子はひっと息を飲んで私の背中に隠れる。握りしめた拳が怒りで震えた。
「葵、この子と社に」
「……ああ、こいつに仕返ししてからなッ!」
その瞬間、ばさりと翼が空気を押す音が聞こえた。私の前を黒い何か通り過ぎる。翼だった。光をあびて黒光りするそれは、まるで始めからそこにあったように違和感なく動いた。目の前の光景がゆっくりと動いていく。
横目で賀茂くんの手が動いたのが見えた。考えるよりも先に体が動いた。大きく翼を羽ばたかせ少し宙に浮いた葵の手を強く掴む。
葵がバランスを崩した。目を見開いて振り返る。
賀茂くんの手が胸まで上がる。その唇が動くのと同時に強く手を引いた。
「麻!?」
葵の驚いた声、女の子の悲鳴、何かが空気を切り裂く音が響く。強い衝撃が身体中に走って体が傾いた。
「社に、三門さんに……」
最後まで言い切ることはできなかった。視界の隅が徐々に白くなっていく感覚にあらがうこともできず、そのまま意識を手放した。

