「ご馳走さまでした。」


お会計は当然、割り勘のつもりだったんだけど、隆司さんが俺が誘ったんだからと出してくれた。お礼を言う私に


「いえいえ。ところで、明日休みだろ?」


「うん。」


「じゃ、ご馳走した代わりに、ってわけじゃないけど、もう少し付き合ってくれないか?最初に言ったように話があるから。」


その隆司さんの言葉に、少し考えたけど、断る理由も結局はなく、私は頷いた。


再び車中の人となった私達。だけど、今度はそれまでとは違って、なぜか会話は滞りがちに。


(話って、なんだろう?どこに行くつもりなのかな?)


さっきまでと違って、黙然とハンドルを握る隆司さんの横顔をチラチラと伺いながら、私は考えていた。


30分程走っただろうか、車はある閑静な場所に滑り込んだ。周りには住宅が立ち並ぶその中に、その場所はあった。


「ここは・・・。」


「覚えてる?」


「もちろん。」


「降りてみよう。」


「うん。」


私達は頷き合うと、車を降りた。辺りにあまり灯りがなく、よく見えないけど、でも懐かしかった。


「もう、30年前か・・・。」


「そうなるね。」


私達は並んで、目の前の建物を見上げる。


ここには、このスタジアムには、そのセンターにあるコートには、忘れられない思い出がある。


30年前、私は16歳の高校1年生、隆司さんは3年生。私達は硬式テニス部の先輩後輩だった。


そして、ちょうど今くらいの季節、3年生は県大会出場を掛けた現役最後の試合に臨んでいた。隆司さんは男子シングルの主力として出場。順調に1、2回戦を勝ち上がったが、次の試合で優勝候補と言われた選手と当たり、フルセットの末、敗れた。その試合が行われたのが、このスタジアム、ここのコートだったのだ。


善戦健闘と言えたが、敗戦が決まり、相手と握手を交わし終わった瞬間、隆司さんは、人目も憚らず泣いた。どちらかと言えば、クールな印象だった「西野先輩」の意外な姿に、スタンドで応援していた私は胸をつかれた。