その夜、夫は普段通りの時間に帰って来た。


「お帰りなさい。」


私もいつも通り、玄関で夫を迎える。


「ただいま。」


そう言って、玄関に上がった夫に


「すぐ、食べるでしょ?」


と問う。


「あ、ああ。」


「じゃ、用意しとくから。」


「・・・。」


「今朝は・・・ゴメンね。」


「朱美・・・。」


「あなたがちゃんと仕事に行ってるのに、私だけ仕事を放棄するなんて、許されないもんね。」


そう言って、私は懸命に笑顔を作る。


「とりあえず、お夕飯食べよう。清司は・・・当分正司の所にいるって。」


「そうか・・・。」


「じゃ、待ってるから。」


夫は力なく笑いながら頷くと、着替えに2階に上がって行く。その後ろ姿を見ながら、私の作り笑顔も消えて行く。


夫がダイニングに降りて来て、二人きりの夕食。いただきます、いつものように夫はそう言って、箸を持つけど、その手は料理に伸びて行かない。しばらくは知らん顔で、私は食べていたけど


「食べないの?」


「・・・。」


「食欲ない?それとも・・・私の作った料理なんて、もう喉を通らない?」


「そんなこと、ないよ。」


私の切なそうな声に、夫は慌てて頭を振る。


「じゃ、食べて。私だって・・・食欲ないよ。でも、このままじゃ2人共倒れちゃう。だから、お願いだから食べて。その後、ちゃんと話そう。私達は、お互いを裏切り合った。もうその事実は決して消すことは出来ない。だから・・・それに逃げずに向き合って、これからどうするかを、どうしたいかを話そう。」


「そう、そうだな。」


夫は頷くと、ようやく箸を動かし始める。黙々と箸を進める私達。夫の好きなナイター中継の音が、その沈黙を誤魔化すように、虚しく響いていた。