そして気が付いた時には、俺は自宅の玄関の中だった。


「お帰り〜。寒い中、本当にお疲れ様でした。」


「子供達は?」


「パパが帰って来るまで待ってるって、言ってたんだけど、寝かしちゃった。」


と言いながら、イタズラっぽく笑う妻。


「お腹空いたでしょ。着替えてお夕飯にしよ。」


その言葉に、家に上がった俺は、ダイニングに入る。すると、見るからにアツアツに煮えたおでんが目に入る。


「変だよね、カレーにおでんなんて。」


と照れ臭そうに言う妻。


「でも、あんまり今日寒いから、あなたに温まってもらうと思って、作っちゃった。我ながら、結構美味しく出来たから、一緒に食べようと思って待って・・・。」


待ってたんだ、って言う言葉を妻は最後まで紡ぐことは出来なかった。俺が夢中で妻を抱き寄せたから。


「パパ・・・?」


戸惑う妻を、俺は強く強く抱きしめた。


(朱美、ゴメン、本当にゴメン。許してくれ・・・。)


謝罪の言葉はどうしても口に出来なかった。だけど、とっくに失くしてしまっていた後悔と自己嫌悪の思いが、今また俺の全身を包んでいた。


俺は何が不服で、こんなに俺を思ってくれ、大切にしてくれる妻を、1年半も騙し、裏切り続けたのだろう?自分で自分が許せなくて、情けなくて、俺の目から涙が溢れる。


「隆司、さん・・・?」


俺の涙なんて、たぶん高校の部活最後の試合で流した時以来、見たことなかったはずの妻は驚いて久し振りに俺の名を呼ぶ。


妻を抱きしめてたはずなのに、いつの間にか、俺は妻の胸に顔を埋め、泣いていた。


「疲れてるんだよね。頑張り過ぎだよ、隆司さんは。私達の為に、本当にいつもありがとう。だけど、隆司さんはもっと自分を大切にして。誰もそれを責めたりしないよ。」


「朱美・・・。」


俺も久し振りに妻の名を呼ぶ。確かに俺は自分でも気が付かないうちに疲れていたのかもしれない。仕事にも、妻を騙し、裏切り続けることにも、人の目を気にしながら、穂乃果を愛して行くことにも・・・。


だけど、それは自業自得。朱美、俺はお前にそんな優しい言葉を掛けてもらう資格なんかないんだよ・・・。