「それから今日まで、私は幸せでしたけど、地獄の日々でもありました。あなたを裏切ったくせに、それを隠して、知らん顔で良き妻のふりをして、あなたを騙していることへの罪悪感は、耐え難いくらいに苦しかったです。いっそ、全てを打ち明け、あなたからの制裁を受けた方がどんなに楽だろうと、何度も思いました。でも、私には出来なかった。あなたを失い、この幸せな家庭を壊すことが怖くて、出来ませんでした。」


泣きながら、そう訴える妻。


「じゃ、何で今更・・・。」


その俺の問いに、妻は相手の男と偶然数日前に再会してしまったこと。その男に金を渡して、消えてもらおうとしたが、結局家まで押し掛けられ、無理矢理連れ出されそうになったところで次男が帰宅して、事なきを得たこと。


しかし、そんな修羅場を見られてしまった以上、黙っているわけにもいかず、次男にも全てを打ち明けざるを得なかったことを告げた。


先程の次男の言動の理由がようやく理解出来て、しかしどうしていいのか、何を言えばいいのか、全くわからないで混乱したままの俺に


「弁解の余地は全くありません。あなたのお心のままに、全て従います。ですが・・・もしお許しいただけるのなら、お側に置いて下さい。これからの生涯を掛けて、あなたに償わせて下さい。お願いします!」


そう言って、もう一度土下座をした妻に


「頭を上げてくれ。」


と俺は静かに言った。


「隆司、さん・・・。」


縋るような視線で、俺を見上げる妻に


「すまん、今はなんて言っていいかわからない。1人に・・・してくれないか。」


そう言い残すと、俺はリビングを出た。すると、こんな時に俺の鼻にカレーの香りが届く。


(そうか、今日はカレーだったのか。あの日も・・・カレーだったな。)


そんな思いがよぎる。夕飯はまだだったが、食欲など、湧こうはずもない。


後ろから妻のすすり泣く声が聞こえる。それを振り切るように、俺は自分の部屋の扉を閉めた。