それから私は、ここで待つように男に告げると、クルマを降りた。そして、モール内のATMに寄ると、また男のもとに、取って返した。


「お待たせしました、どうかお納め下さい。」


そう言って差し出した封筒を、男は一瞬躊躇ったように私を見たあと、中身を確認することなく、受け取った。


「今の私が、夫にすぐに気が付かれずに用意出来る精一杯のお金です。」


私は男を見つめながら言う。


「これ以上のご請求は頂いても、私にはもう無理です。それでも、とおっしゃるなら、先程あなたがおっしゃったように、一緒に私の夫の制裁を受ける他はなくなると思います。」


正面を見て、私に視線と合わせようとしない男。その横顔に、私は語り続ける。


「内藤さん、私には確かにあなたを愛し、そしてあなたに愛された時期がありました。それは間違いないことです。あなたと一緒に人生を歩もう、そう決心したことがあったのも事実です。でも、私には結局出来なかった。その意味では、私はあなたを裏切ったと言われても仕方ないのかもしれません。」


「・・・。」


「そのお金は、そのことに対する私のせめてものお詫びの印だと思っていただけたら、と思います。」


「・・・。」


「私はあなたに、お説教なんか出来る立場じゃないことは、よくわかってます。だけど・・・今のあなたの姿を見るのは、正直辛いです、悲しいです。」


その言葉に、男はハッとしたように、私を見る。


「私の知っている内藤さんは、仕事に燃えてらして、私達部下を厳しくも暖かく、リードして下さった。私はそんなあなたを尊敬し、やがて惹かれてしまいました。こんなことを言ってはいけないのでしょうけど、私はあの時のあなたのことは・・・今でも好きです。」


最後の言葉は、口にしてから、ちょっと後悔したけど、でも嘘ではなかった。


「朱美・・・。」


「私には、あなたにして差し上げられることは、もう何もありません。でももし、こうやって、お話ししたことで、あなたがご自分を取り戻すキッカケにでもしていただけたとしたら、こんな嬉しいことはありません。」


そう言って、微笑んだ私を、男は呆然といった様子で見つめている。


「もうお目にかかることもないと思います。どうか、お元気で。」


そう言うと、私は頭を下げて、ドアを開いた。


「朱美!」


呼び止めるような男の声に構わず、ドアを閉めた私は、もう一度、深々と男に頭を下げると、クルマを離れた。