「あのあの! ちょっと待ってください! 話が見えないんですけど!」
思わず声を荒げると、振り返った彼は美華の唇に人差し指を立てた。
「ここは大きな声を出すところじゃないよ」
諭すような優しい口調に、不覚にもドキッとさせられる。
その隙に会計を済ませた彼は、有無を言わせぬ強引さで美華をぐいぐい引っ張った。
普通ならおかしな様子に見えるだろうに、彼のまとう優雅な雰囲気のせいなのか、すれ違う人たちは誰ひとり不審がる気配がない。
カフェを出るときに再度お詫びをした責任者の女性も、微笑ましいものでも目にするかのように美華たちを見ていた。
(どうしよう。竹下さんとかいうお父さんの部下の人、きっと私を探してるよ……!)
首だけで振り返ってロビーを見たところで、顔も知らない竹下を見つけるのは不可能。美華の手が解放されたのは、彼の高級そうな車に乗せられた後だった。
ドアをロックされ、逃げ道を閉ざされる。これでは誘拐も同然だ。



