ショーケースの前でぶつかり、着物に染みを作ったときの女性店員だ。
「はい。あのときはお騒がせしてごめんなさい」
「いえっ、こちらこそ大切なお着物に大変失礼いたしました」
「本当に大丈夫ですから。それに、こちらこそありがとうございました」
美華が唐突にお礼を言うと、店員は不思議そうに首を傾げた。
あのとき彼女とぶつかって着物を濡らさなかったら、博人と結婚することになっていなかったかもしれない。
オーバーかもしれないが、小さなひとつひとつの出来事が今の自分たちに繋がっているように思えた。
すべてが愛しい。
そう思う今の自分が、美華は好きだ。
「ごめんなさい。なんでもないです。気にしないでくださいね。おいしくいただいてます」
「それはよかったです!」
店員はうれしそうに顔を綻ばせ、美華たちに一礼して下がった。
鈴はそんなやり取りを見て、なにか言いたそうに微笑んでいた。



