君への愛は嘘で紡ぐ

後ろで一つではなく、サイドで一つに束ねることにしたのか、笠木さんは横に髪を集めている。


そのとき、ノックの音がした。


「はーい」


笠木さんが気の抜けた返事をすると、引き戸が開く音がする。
ゆっくりと足音が近付いてくる。


私はドアに背を向けていたから、誰が入ってきたのかわからない。


だが、足を止めるまで何も言ってこないのは妙だ。
笠木さんのお母様でも、汐里先生でもないのか。


笠木さんは束ねていたはずなのに、髪をおろした。
静かに手で髪を梳く。


「そんな怖い顔してどうした、王子」


笠木さんの言葉に、全身が恐怖のようなものに支配された。


笠木さんが王子と呼ぶ人物を、私は一人しか知らない。


「円香さんを返せ」


鈴原さんだ。
一方的に婚約破棄し、怒っていないとは思っていなかったが、ここまで怖いとは想像していなかった。


「返せって言われても、王子のものでもなかったろ」


笠木さんが言い返したことで、室内の空気は悪くなる。


沈黙に支配され、どうしていいのかわからないのに、笠木さんは手でずっと私の髪をとかしている。


「どうして未来のない男を選んだのです、円香さん」


鈴原さんに問いかけられたが、笠木さんが手を離してくれないせいで、振り向くことが出来ない。