私は慌てて口元を隠す。


「ご、ごめんなさい……」


笑ってしまったから不服そうにしているのだと思って謝ったが、奈子さんは笑った。


「怒ってませんよ。冗談です」


その言葉に、安心して頬が緩んだ。


「やっと笑ってくれましたね」


そういえば、奈子さんと再会してずっと、笑っていなかった。
いや、鈴原さんに会ってからだ。


私は、家を飛び出したのだった。


「もう……お嬢様なんてやめたい……」


私がお嬢様だから、結婚相手を親に決められる。
本当に好きな人と結ばれることも許されない。
好きな人も、思いを殺して隠してしまう。


私が普通の家庭の子だったら……


「あの環境だったから、今のお嬢様がいるのですよ?」
「……あの環境にいるから、好きな人に会うこともできないの」


奈子さんは申しわけなさそうに目を伏せた。


違う。
奈子さんに八つ当たりがしたかったわけではない。


「……お嬢様だから、何もできないと思ってますか?」
「え……?」


奈子さんは鍋に火をかけ、底が焦げないように混ぜている。


「行動できない理由を、お嬢様という立場のせいにしていませんか?」


そんなことはないと、即答できなかった。