そんな6月のある日の早朝、突然、宮廷から使いが来た。

今夜、隣国からの国賓を迎えての舞踏会があるのだけれど、指揮者以外の楽師がほぼ全員集団食中毒で倒れたとのこと。

昨夜、みんなで前夜祭とばかりに飲み食いした中に何か原因となるものがあったらしい。

そこで、臨時の楽師として、国内のめぼしい音楽家の所へ使いを送っているのだそうだ。

その1人として、ベッカー公爵様から推挙された私の所へも、今夜、バイオリンを弾くようにとの下命があった。

私は、昨年からベッカー公爵様の15歳になる御令息ヘルムート様にバイオリンを教えている。

そのヘルムート様が常日頃、お父様に私の事を褒めてくださっているのだそうだ。

「大変! 急がなくては。
ダニエラ、お願い。手伝ってちょうだい。」

私は、慌てて私のワードローブの中から黒のシンプルなドレスを取り出して身に纏い、唯一の使用人であるダニエラに、これまた唯一の自慢であるプラチナブロンドの髪を結い上げてもらうと、差し向けられた馬車に乗り、王宮へと向かった。


急遽集められた楽師は30名。

女性は私ただ1人。

他は皆、一様に四十代以上のおじ様ばかりだった。

老練なおじ様に混じって、見事な白髪の指揮者の指示のもと演奏の練習が始まる。

仮のコンツェルトマイスター(コンサートマスター)として、最年長のバイオリニストが楽団をまとめていく。

しかし午後になり、指揮者は、私を正式にコンツェルトマイステリン(コンサートミストレス)に指名した。

なぜ?
私が、コンツェルトマイステリンだなんて。
私のような小娘に指示をされるのは、皆さま納得がいかないのではないかしら。

不安を抱きながらも、指揮者の指示は絶対なので、私も皆もそれに従った。


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〔作者注〕
コンツェルトマイスター
コンサートマスターの事。
オーケストラをまとめる職。
第一バイオリンの首席奏者が務める。

コンツェルトマイステリン
コンサートミストレスの事。
男性はコンサートマスター、
女性はコンサートミストレスと呼ぶ。

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