早足で駆ける春風が、てんとう虫の背をやさしく撫でた。揺らされた葉の先で小さく震える黒い水玉模様を眺めながら、隣ではしゃぐ君の声を耳に焼き付ける。


おとなになったら、けっこんしてくれる?


笑ってしまうほどに稚拙で、そして何よりも純粋なプロポーズだった。君は幼い手で必死に編み上げたシロツメクサの花冠を僕の頭にそっと乗せて、よろこんで、と微笑んだ。今日と同じ、柔らかな春風がやさしい午後だった。あれから、僕らはどれだけ大人になれただろう。

月日が経つにつれて背は伸びて、見える景色も変わって、僕と君は少しずつ大人になった。無邪気に笑う優しい君と、泣き虫で意地っ張りな僕は、今もあの日に取り残されている。

僕らは、僕らのまま、大人になった。


「なつかしいねぇ。よく二人で、ここで遊んだよね。夕方までずっと」


幼い日の思い出に浸っていたのはどうやら君も同じだったようで、細い指で花を摘みながら、懐かしげに微笑む君が、僕の肩にそっと頭を預けた。

あの日と同じ匂いがした。


「散々遊んでさ、そのまま二人で寝ちゃって。帰ってからすごく叱られたよねぇ」

「あれは、お前が帰りたくないってごねたからだろ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。お前が泣き止まないから、必死であやしてるうちにこっちまで眠くなって……」

「えー、泣いてた?」

「泣いてました」

「そっちだって、虫が怖いってよく泣いてたくせに」

「泣いてねーよ!」

「泣いてました」


くすくすと笑う君の横顔は、まるであの頃のままだった。いくら怒っていても、口もききたくないと思っていても、いつもその微笑みにほだされて、どうでもよくなってしまう。

あの頃は、大人になるってことはとてつもなくすごいことで、大人になれば全てが変わってしまうものだと思っていた。

夕暮れ時に別れを惜しむことも、朝になってまた会えるのを待ちわびることもなくなるものだと思っていた。大人にさえなれば、僕らは誰にも邪魔されず、ずっと一緒にいられるものだと思っていた。

あの頃の僕らはやっぱり子供だったのだと思い知ってしまうのは、僕らがきちんと大人になれている証拠だろうか。