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 ナサニエルさんは、国立大である響告大学文学部の大学院に通っている。今年、二十四歳。あたしより七歳年上で、ユキさんより三歳年下だ。出身は、オーストラリア。
 響告大の大学院生と聞いて、イヤな予感がし続けていたんだけど、案の定というか、ついにというか。

「マドカの親父さん、工学部の一ノ瀬教授なんだって?」
「文学部のナサニエルさんが、どうしてそのこと知ってるんですか?」
「講義を受けてる。あのな、今の時代に、文系だの理系だの学部の壁だの、そういう古くさいことを言わないほうがいいぞ」
「はーい……」
「一ノ瀬教授はおもしろい研究をしているし、講義もエキサイティングだから、学生から人気がある」

 そうなんですか、としか返せなかった。父が人気のある先生だろうが何だろうが、あたしには関係ない。
 あたしの英語の成績は、ユキさんのおかげで、かなり持ち直した。ユキさんのレッスンには今でも週に一回、土曜日に通っている。

 実は、レッスン以外の時間帯も、学校がない日のあたしは、コーラル・レインに入りびたっている。たまたま親が家にいる日なんて、特に。
 今日もそうだ。母が久しぶりに休日で、家じゅうの掃除をしたり、作り置きのおかずをこしらえたりしている。母の目を盗んでアイトと話すのは、ちょっと難しそうだった。

 雑貨屋の仕事って、けっこう楽しい。商品の展示のレイアウトを変えてみるとか、新しい商品を並べてみるとか。
 あたしはデザイン的なセンスがないから、ユキさんの言うとおりに、手を動かすだけなんだけど。

「マドカちゃん、いつも手伝ってくれてありがとうね」
 ほわっと微笑むユキさんに、あたしは笑い返した。
「ニーナがここに来たがるんですよね。こそこそしなくてよくて、ほっとするみたい」

 ユキさんもナサニエルさんも、妖精持ちなのに堂々としている。店の中では白い妖精と青い妖精が気ままに飛び回っている。
 妖精を目にすると、初めてのお客さんは驚くみたいだ。もちろん、回れ右する人もいる。でも、リピーターさんはまったく平気だ。

 コーラル・レインの商品は、ユキさんの美大時代の仲間が作った雑貨やアクセサリーだ。きれいなもの、かわいいもの、不思議なものまで、いろいろある。ユキさんが描いた絵も売られている。
 ユキさんの絵には必ず、妖精みたいな白い光が描き込まれて、絵の主人公に澄んだ輝きを投げ掛けている。その絵を見ていたら、ユキさんが自分の妖精、マァナのことを大好きなんだって、よくわかる。

「わたしもマァナも、マドカちゃんとニーナが来てくれたら、ほっとするよ。それに、休日はお店のお客さんも英会話の生徒さんも多いから、手伝ってもらえると本当に助かるの」

 ナサニエルさんは、ちょっと皮肉な笑みで口を挟んだ。
「ユキはぼんやりしてるところがあるから、マドカがいると、おれも安心だな」
「わたし、ぼんやりしてないよ?」
「そういうところだよ」

 ナサニエルさんが言いたいことは、あたしにもわかる。ユキさん目当てのお客さんや生徒さん、仕事仲間さんがいるんだ。生徒さんは小中学生だから、問題ないだろうけど。

 ナサニエルさんのファンも、もちろんいる。ナサニエルさんはカッコいいし、頭がよくて物知りだし、さりげなくスタイリッシュだし、モテないわけがない。
 ただ、ナサニエルさんはそのあたりをちゃんと自覚していて、ユキさん一筋のアピールを欠かさない。ファンのハートが砕け散るシーンを、あたしは何度も目撃してきた。