俺は両足に力を込めると彼女に向かって走り出した。

そんな俺の横を消えかける記憶の欠片たちが流れて行く。

しかし今の俺には彼女の姿しか目に映らなかった。

真っ直ぐ彼女だけを見据えてその背中に手を伸ばした。

前の俺だったら意味も分からず彼女の背中を見るたびに涙を流していた。

手を伸ばす事を諦め、彼女のことを追いかけようともしなかった。
 
でも今は違うんだ! 

今はお前の事を思い出したい! 

この手がまだ届くと言うのなら、俺は必ずお前の元に行って助け出して見せる! 

だから――

「待ってくれ! お前は!」
 
そのときずっと背中を向けていた彼女が、ゆっくりとこちらへと振り返った。
 
雪のような真っ白な肌に映える薄桃色の唇。

赤く実り始めた林檎のように染められた頬。

そして優しく細められた碧眼の瞳には、彼女の手を伸ばしている俺の姿が映っていた。

「お、まえ……」
 
正直、その姿に俺の胸は高鳴った。

そして同時にとある記憶が俺の直ぐ横を通り過ぎて行く。

「この先、お前と生きるためには、死ねないんだ……」
 
記憶の欠片に映る彼女はその言葉を聞いて涙を流していた。

その姿に苦笑している俺は最後にこう言う。

「【オフィーリア】……お前が好きだ……誰よりも愛している」

「――っ!」
 
オフィーリア……!
 
その名前にドクンと心臓が大きく跳ね上がった。

消えかけていた記憶の欠片たちは元の姿を取り戻して行くように、欠片同士で一本の糸を繋ぎ合わせていく。

「……オフィーリア」

彼女の名前をポツリと呟いた時、目の前に居る彼女の姿が消え始めた。

その事に気がついた俺は直ぐに彼女の元へと寄る。

「ま、待ってくれ! オフィーリア!」
 
彼女、オフィーリアは俺に悲しい眼差しを向けると頭を左右に振った。

まるでそれは俺が来る事を拒んでいるようにも見えて、俺は動かしていた足を止めた。