ヴェルト・マギーア 星の涙 ACT.2

人は……いや、人間族はどの種族よりも、自分の思い描く理想の形の仮面を被った醜い化け物だ。

当然、俺だってそうなのだから。
 
そんな考えが思い浮かんだ時、何もかもが全てどうでも良く感じられた。

忘却された記憶のことも、家族の仇を討つことも、元の体に戻ることも、そして彼女の事すらどうでも良く思いかけた時だった。

『腑抜けた姿を晒すんじゃねぇよ!!』

「っ!」
 
その言葉に光を失っていた左目に微かな光が灯った。

彼は俺の目の前まで歩いて来ると、力のこもった右拳で俺の左頬を殴りつけた。
 
思い切り殴られた事によって、俺の体は後ろへと後退りながら尻餅をついた。
 
突然の出来事で目を見張っていた俺は、ジンジンと痛みが走る左頬を指先で触れた。

『俺の言っていることが分かっているだって? いや……全く分かってねぇよ!』
 
彼は冷めた目つきで尻餅をついたままの俺を見下ろしてくる。

そして俺の胸倉を掴むとぐっと自分の顔を近づけて言葉を続けた。

『分かっているんだったら、答えを俺に求めようとするな! 馬鹿みたいな姿を晒して、彼女の気持ちを踏みにじろうとすんじゃねぇよ!』
 
彼の鋭い瞳の中には、俺には見えない彼の言った通りの自分の姿が映っていた。

腑抜けた面を浮かべ、馬鹿みたいに泣いている自分の姿を見て俺は拳に力を込めた。

「俺は……いったい何をやっているんだ!」
 
そうポツリと言葉が流れると、彼は俺の胸倉を掴んでいた手を離した。
 
そうだ……彼の言う通り俺は、彼女の気持ちを踏みにじろうとした。

初対面の男なんかの前で腑抜けた姿を晒し、答えの分からない問題を大人に問いかける子供のように泣く俺は……誰よりも馬鹿だ!

『確かに人は誰かのためにと言って何かをしようとする。しかしそれには絶対に理由が存在する。理由が存在しなければ、人はそもそも誰かのために何て言って、自分から行動を起こそうとはしない。そんなの面倒だからな。だが彼女はお前のために行動を起こした。決して自分のためではなく、【お前のため】だけにな』