ヴェルト・マギーア 星の涙 ACT.2

「君はもう良いよ。そこでこれから起きる事を見届けると良い」
 
わたくしはお腹を抱えてその場に蹲る。

『セイレーン!』
 
マールも人間の姿に戻ると、わたくしの両肩を支えてくれた。

クラウンはわたくしたちの横を通り過ぎると、セシルたちの方へと歩いて行く。

「マール……わたくしの事は良いですから。あなたはセシルたちを……」

「……無理だよ」

「マール……?」
 
その時わたくしは、マールの体も震えていた事に気がついた。

そんな姿を今まで一度も見た事がなかったわたくしは、驚いて軽く目を見張った。

「あの黒焔の目……。もうずっと前にトトがね、あれと戦った事があるんだ」

「……トト様がですか?」

「うん……。でもやっぱりトトでも、あいつには勝てなかった。今のセイレーンみたいに、魔力を吸収されちゃって、そのあと死にかけたんだよ」

「っ!」
 
その話を聞いたわたくしは、さらなる恐怖に襲われた。

トト様が……死にかけた?!

トト様でも勝てなかった存在とわたくしは戦ったと言うのですか!?

「セイレーンとアタイだったら……勝てると思った。今のアタイはあの時と違うから。……でも、セイレーンを失うと思ったら、やっぱり怖くなっちゃったよ!」
 
そう言ってマールは涙を流しながらわたくしの体を強く抱きしめる。

「セイレーンを失うくらいだったら! クラウンがトトになれば良い! だからアタイは……!」

「……マール」
 
これはもう何を言っても、彼女は言うことを聞いてくれそうにはありませんわね。

わたくしを失うくらいなら……ですか。

「ですが……マール。諦めるのはまだ早いですわ」

「えっ……?」
 
わたくしはマール涙を拭いながら言葉を続ける。

「わたくしたちが駄目でも、きっとブラッド様なら勝てるとわたくしはそう信じております」

「……ブラッドが?」

「ええ、だってあの方こそが」
 
この世界のトトなのですから。

✭ ✭ ✭

さっきの光景に僕の体には鳥肌が立っていた。

一体あれは何なんだ?! 

あんな物……今まで一度も見たことがない! 

あんな物にセシルが飲み込まれたら……!

「さあ、さっきの続きと行こうか」

「――っ!」
 
その声を聞いて僕は伏せていた顔をゆっくりと上げた。

「く、クラウン様……」
 
恐怖で震えている僕の姿を見たクラウン様は、嘲笑うような笑みを浮かべると口を開く。

「アルファ。まさか震えているのかい? 俺にあんな啖呵を切っておいて恐怖で震えているだなんて、今の君は凄く滑稽だよ」

「……そんなこと!」
 
そんなことあんたに言われなくたって分かっていることだった。

クラウン様にあんなこと言っておいて、今更恐怖で足が竦むだなんて!

「……はあ。セシルがね、君を殺さなかったら俺をトトとして選んでくれるんだ」

「は……?」

「だからさ――」
 
クラウン様は左手を軽く上げると、そのまま勢い良く僕の頬をぶっ叩いた。

「アルファ!!」
 
その勢いで僕の体は右に飛んで壁に叩きつけられた。