私は顔を両手のひらで覆って、膝から崩れ落ちてそのまま泣き始めた。
 
どうして忘れてたの! 

家族のこと、大切な友達のこと、大好きだったお兄様のことを?! 

そして……初めて好きになった人のことまでも!?

「何で……私はここに居るの?! 私はいったいどうなったの!?」
 
私の身に何が起こったの!? 

そう思った時、背後から再び視線を感じた私は泣きながら振り返った。
 
するとそこには全身が真っ赤に染まり、ボタボタと血を垂れ流している人が立っていた。

「ひっ!!」
 
その人物はズルズルと自分の体を引きずりながら、ゆっくりと私との距離を縮めて来る。

「い、いやっ……いや……」
 
恐怖が体を支配しているせいで、足に力を込めて立ち上がる事が出来なかった。

「え、あ……え、あ………エア」
 
【エア】と何度も呟きながら、真っ赤な手が私へと伸ばされる。
 
もしかして……パパが言っていたこの世界のエアになるってことは、私がエア本人としてこの世界に新しく生まれるってことなの? 

アルファが言っていた、私が私じゃなくなるって言葉の本当の意味は、私の存在が消える事によって、死んだはずのエアがこの世界に新しく誕生すること。
 
きっとアルファは何もかも知っていたんだ。

だから私にあの言葉をかけてくれたんだ。

「僕は……君が君じゃなくなるのは嫌ですよ。君が居なくなるのは、何よりも悲しいんだ」
 
あの時のアルファの言葉が脳裏を過ぎった時、私の唇がゆっくりと動く。

「……い、や」
 
私は息を深くすってぎゅっと目を瞑った。

「あの人は……パパなんかじゃない!!」
 
あの時の記憶を思い出して再び涙が溢れた。

でも……今の私は一人じゃない……! 

だから!!

「助けて!!! アルファぁぁぁぁ!!!」
 
力強くそう叫んだ時、私の体をアルファが優しく抱きかかえてくれた。

✩ ✩ ✩

体がふわりと浮いた事に気がついた時、私はぎゅっと閉じていた目をゆっくりと開ける。

そして直ぐ側にアルファの顔があった事に安堵した時、再び涙が頬を伝った。

「あ、アルファ……」

「まったく、呼ぶの遅くないですか?」
 
アルファは苦笑しながら言うと、不気味に光り輝く魔法陣から離れると私をゆっくりと下ろしてくれた。

そして直ぐに背後に私を庇うように立つと、ベータたちの方へと体を振り返らせる。
 
そんなアルファの姿にベータはとても驚いたように目を見張っていた。

「アルファ……お前一体何を?!」

「何って……僕はシエル様の護衛なんだよ? だからシエル様が助けを求めたら、助けるのは当たり前じゃないかな?」
 
アルファはベータにそう言うと、パパ……クラウンに向かって手をかざした。

そんなアルファの姿を見て、クラウンは高笑いを上げた。