ヴェルト・マギーア 星の涙 ACT.2

「っ!」
 
そのとき彼女は頬を膨らませながら、僕の事を見上げていた。

その姿に僕は思わず目を瞬かせた。

「に、逃げないで下さい! 挨拶させて下さい」

「あ、……はい」
 
駄目だ、これは断れる雰囲気じゃない。

そう思った僕は深々と溜め息を吐いて、渋々承諾してしまった。
 
まあ、このくらいの女の子だったら、別に近くにいても平気か……。
 
すると僕の許しを得られた彼女は、とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

その笑顔を見た時、僕の胸の辺りが小さな心音を立てた気がした。

「……ん?」
 
何だ……今のは?
 
小さな心音が聞こえた気がして首を傾げていた時、僕の目の前に居るセシルは、着ている白いワンピースの裾を摘みと、丁寧にお辞儀をして頭を下げた。

「お初にお目に掛かります。私はセシルと申します。以後お見知りおきを」
 
あまりの丁寧なお辞儀に、僕の体は固まった。

まさかこんな丁寧な挨拶をされるなんて思っても居なかったし、こんな挨拶をされてしまったら、僕もそれ相応の対応をしなければいけないんじゃないのかと思った。

「アルファ」
 
するとセシルの前で慌てふためく僕を、クラウン様が優しい声音で呼んだ。

呼ばれた僕は、セシルからクラウン様へと視線を移動させた。

「いつも通りで良いんだよ」
 
その言葉に僕は少し間を置いてから、ゆっくりと頷いて見せた。

そして地面に片膝を付き、セシルの目線に合わせてから僕は口を開いた。

「初めまして、セシルさん。僕はアルファと言います。よろしくね」
 
そう言って彼女に優しい笑顔を浮かべて、僕は彼女に右手を差し出した。
 
するとセシルは少し頬を赤く染めると、差し出された僕の右手の上に、ゆっくりと自分の手を置いてくれた。
 
その姿に内心可愛いなと思った時、もう一度胸の辺りが温かくなった気がした。

✩ ✩ ✩

「そう言えば兄さん。ブラッド君は元気かな?」

「元気……と言えば、元気かな。……今のところは」

「そっか……」
 
フィエリアさんに淹れてもらった紅茶をすすりながら、クラウン様とクロードさんが暗い表情を浮かべている事に、僕は首を傾げていた。
 
そう言えばクロードさんにはもう一人ブラッドさんって言う、一人息子が居たんだっけ? 

でもその彼はこの場に居ない。

一体どうしたんだろう?