「多分な。爛でそんな事を言えば、捕まるぞ」
「え?」
「岐附で俺がそう言えば、嬢ちゃんの入国証も手に入るだろう。だが、爛ではそうはいかねぇな」
「爛はねぇ……魔王に対して良いイメージを持ってない国っすからねぇ」
「そうなの?」
「子供のうちって、親に昔話を語ってもらうってことがあるでしょ?爛では魔王は悪者に描かれて語られるせいで、良いイメージはないんすよ。魔王は不浄のエネルギーってのが、爛人の意見っすね」
「岐附でもそう思ってる奴は多いぜ。半々だな。いずれも、親からの物語の言い伝えによるものだから本気で信じてるやつなんていねえけど。俺はその物語自体、大人になるまで知らなかったしな」
「へえ……」

 いずれにしても、魔王だと言っても、信じてもらえることじゃないわけか。

「それに、爛は千葉と怠輪に国をめちゃめちゃにされたからな。お伽話だとしても、その力を欲しがる奴はいるだろうよ。そしたら、嬢ちゃんはそいつらに捕まっちまうってわけだな」
「そうですねぇ。下手したら俺らは捕まって処分されちゃうかも知れないですね。どう考えても、邪魔ですからね」
「そんな……!」

 そんなことには絶対させられないし、利用されたくもない。

「じゃあ……どうしますか?」

 私は二人を仰ぎ見た。
 アニキと私の入国証はない……とすれば、どうなるのだろう。
 ずっと爛に留まるか、強行突破をするのか……。
 道は二つに一つしかない。

「もう一つ、方法があるっちゃあるんすけどね」
「おい!」

 翼さんが何かをぽつりと呟いて、アニキがそれを制した。
(もう一つ?)
 私がきょとんとしていると、アニキは苦笑して翼さんを後ろに振向かせた。

「またその話か」
「花野井さんって、珍しいっすよね。裏社会の人間なら誰でもやってることっしょ?」
「俺はもう山賊じゃねぇよ」
「……花野井さんって、優しいっすよね」
「うるせえ!」

 アニキの照れたような小さな怒声が聞こえて、アニキははっとしたように振り返って私を見た。

「何の話ですか?」

 裏社会とかなんとか言ってたけど。

「秘密」
「そっすね。内緒っす」

 私は首を傾げた。
 でも、ま、いっか。裏社会なんて、物騒だもん。関わりたくない。

「ところで、アニキは入国証どうして無くしちゃったんですか?」
「ああ、入国証は月鵬に預けてあるんだよな」
「ああ、それで……。じゃあ、もしかしてクロちゃんも翼さんに預けてあったりとか?」

 そんなことになったら、クロちゃんも大変だ。
 もしかしたら、雪村くんも風間さんに預けてあるのかも知れない。雪村くんって抜けてそうだから、しっかりものの風間さんが管理しているってことも十分ありうる。
 毛利さんは、その点、なんか大丈夫そう。

「いえ。隊長は絶対そういう事はしません。ああ見えて、自分の分はきっちり自分で持つ人です」
「そうなんだ。なんかちょっと意外ですね。クロちゃんって、お水とか持つのも部下に持ってもらってそうだったから」
「ああ。ありえないっすね」
「そうなんだ」
「隊長は基本、誰の事も信用してないっすから」
「……」

 ちょっとだけ衝撃的だった。
 あんなに仲が良さそうな二人なのに、信用しないなんて……。翼さんの言い方からは残念そうだったり、悲しそうな感じが見受けられなかった。
 そのとき、明るい声が響いた。

「ま、でも俺の事は大分信用してくれてますけどね! 俺だけには、水やら荷物やらを持たせますし?」
「……それってただのパシリじゃねえの?」
「いや、違いますよ! 隊長の場合のみ、信頼なんす!」

 自信満々に言い放つ翼さん。
 そんな翼さんには悪いけど、私もそれはただのパシリだと思う……。
 私達はお互い目が合って、一斉に笑い出した。
 ひとしきり笑って、一瞬の沈黙が訪れる。

「……で、どうしましょうか?」

 問題は振り出しに戻った。