* * *
夜明け前だった。
何故だか目が覚めてしまって、そのまま寝付こうとしたけど、眠る気にならず、そっとベッドを降りた。
「トイレにでも、行こう」
火吹竜(サラファイア)を籠から出して、カンテラに近づけると火吹竜は小さく炎を吐いた。
ろうそくに燃え移り、カンテラに火が灯る。
火吹竜は、手のひらサイズの小さなドラゴンで薪に火を点けたり、こうして灯りを点けるさいに使われるドラゴンだった。倭和で柳くんがご飯を作るときにも使ってた。
私は火吹竜を籠に戻すと、その明かりを頼りに廊下を進む。
暗い廊下は、カンテラの頼りない明かりだけでは、やっぱり怖い。
途中で起きてトイレに行くなんてこの屋敷にきて一度もなかったから、こんなに暗くて、怖いとは思わなかった。
「やっぱり戻ろうかな」
呟いたときだ。
何かが割れるような音が小さく響いた。
私は声に出さずに驚いて、肩を竦めた。
(こんな時間に、誰か起きてるの?)
「まさか、ドロボー?」
なわけないか。
きっとこんな時間まで起きてるのは、アニキだ。もしくは、使用人が仕事かなんかで起きてきたかだろう。
この屋敷には、何人かの使用人が住み込みで働いているから。きっと、その人達だと思う。どうせ眠れないし、仕事だったら何か手伝わせてもらおうかな。
私は一息ついて、様子を見に音の出所へ向かった。
「どうしてですか?」
突如聞こえたヒステリックな声に、私は一瞬ひるんだ。
(なに?)
そっと、息を殺して、なるべく音が出ないように声が聞こえた部屋に近づいた。そこは、台所だった。
私は最初、使用人同士が、料理の相談かなんかで揉めてるのかと思った。だけど、私の予想は掠りもしなかった。
そっと覗いた先にいたのは、カンテラの明かりに照らされた鈴音さんと、アニキだった。
鈴音さんが台所のテーブルにアニキを追いやっていた。
密着するほど体を押し付けて、アニキに詰め寄ってるように見えた。
厳しい顔つきだった鈴音さんの表情が、急に切なげに曇った。
「どうして、帰って来られてから一度も抱いて下さらないのですか?」
(……え?)
小さく叫ぶようにして発せられた彼女の悲痛は、私の脳を殴りつけた。
思考が停止しそうになる。
「彩さんとやり直されるんですか? それとも……」
「……お前、どうした?」
アニキは困った顔をして、鈴音さんをどかそうと両肩に手をかけた。
だけど、鈴音さんは、次の瞬間アニキの頭にしがみつくようにして、強引にアニキの唇を奪った。
唖然とする間もなく、鈴音さんは唇を離し、
「私はただ……」
ぽろぽろと涙を流す彼女の頭を、アニキがなでた。
私は震える胸を押さえながら、後退り、駆け出した。
静寂の中で、足音だけが耳に響いた。



