* * *

 私は乱れた息を整えた。
 大通りを外れて、入り組んだ道に入ったためか、照明が少なく、暗い。
 私は辺りを見回してから、男性に向き直った。

「あの、えっと、とりあえずお礼を」
「いやいや、構わねえよ」
「あの、でも原さんたち、どうなっちゃうんですか? さっきの人達は?」
「あれれ、彼女知らねえの?」
 男性はすっとんきょうな声を出した。

「地下街で能力者がケンカすっと、牢屋に入れられんだよ。立派な犯罪なの。軽くても実刑で三年くらいは入ってんじゃねえの?」
「そんなに?」
「そ。脳みそも顔面も硬っい奴が作った法律な!」

 男性は指をパチンと鳴らして、私を指差した。
 愉しそうに、にやと笑う。

「俺も普段なら見過ごすけどさ。女の子が困ってたし、あの小男の能力は、下手すりゃ地下街を潰しかねないからなぁ」
「どうして?」
「だって、あいつの能力って多分音波だろ。ここって地下だからさ、反響を利用して、パワーアップできそうじゃん? んで、ここって地下だからさ、柱とか潰されっと――」
 男性は大きな音を立てて手を叩いた。
「潰れちゃうわけ」
(潰れるって……)
 顔が青ざめた私を見て、彼は口の端を上げてにっと笑った。
「ぺしゃんこ!」
 愉しそうに言って、また愉快そうに「ハハッ!」と笑う。
(この人って、何かちょっと変わった感じだな)

「そうですか……あの、ありがとうございました」
 私はとりあえずお礼を言って、話題を変えた。
「あの、大通りに戻りたいんですけど、どう通って行ったら良いでしょうか?」
「さあ?」
「え?」
 聞き間違いかな?
「あの、道を――」
「知らない。ごめん!」
 男性は即答した。そして舌を出して、てへ☆と笑った。
(軽っ!)

「え、でも、じゃあ、あなたも戻れないんじゃないですか?」
「俺? 俺は戻れるよ」
「え? なんで?」
「俺は自分家の道はわかっから。大通りは知らねえけど」
 さあと自分の顔が青ざめていくのが分かる。
(じゃあ、私はこのまま迷子?)

「どうする? 俺ん家泊まる?」
 彼は、優しそうに笑って、私の顔を覗きこんだ。
 私にはその言葉が救いに思えたけど、
「いえ、あの、家の者が心配するので、帰らないと」
「でも、ここからどうやって帰るの? 迷子になっちゃうよ?」
そう。そうなんだけど……。
 
 私は彼を窺い見た。
 彼は目が合うとにっこりと人が良さそうに笑んだ。
「大丈夫。なぁんもしないから。信用して?」
大丈夫……かな?

「朝になったら、道の分かる家の者に案内させるからさ」
 家に人がいるんだ。じゃあ、大丈夫だよね。
「よろしくお願いします」
 私はぺこりと頭を下げた。