私は、またバッグの中を探って、普段は滅多に使わない名刺を取り出した。

『晴野(はるの)市立図書館
司書
坪井由里子』

宮原さんは私の名刺を受け取って、

「坪井由里子(つぼい ゆりこ)さん?」

と名前を呼んだ。

「はい。」

「司書の方だったんですね。
道理で本がお好きなわけだ。」

えっ
なんで、本が好きって分かるの?

私が首を傾げると、

「いつもうちの店に来てくださってますよね。
平積みのメジャーどころだけじゃなくて、
あまり売れないようなマイナーな作家さんの
本まで手に取ってくださって。」

と目を細めて嬉しそうに説明してくれる。

うわっ
じゃあ、私が気づかなかっただけで、見られてたんだ。
恥ずかしい…

私は、もう宮原さんを見ることができなくて、テーブルに置かれたコーヒーを見つめていた。

すると、宮原さんが口を開いた。

「由里子さん、すみません。
先ほどの俺の名刺、ちょっと返してもらって
いいですか?」

ん?

私はよく分からないながらも、コーヒーの横に置いてあった名刺を取り、彼の向きに直して渡した。

彼は受け取った名刺の欄外に胸ポケットから取り出したボールペンでサラサラと何かを書き、再びその名刺を私にくれた。

「俺の連絡先です。
またお会いしたいので、ご都合のいい時に
ぜひご連絡ください。」

えっ?
それって…

「あ、ナンパだと思わないでくださいね。
由里子さんは気づかなかったかも
しれませんが、俺はもうずっと前から
由里子さんの事を見てきました。
いい加減な気持ちで言ってるわけじゃ
ありませんから。」

彼の目がとても真剣で、本気で思われてると錯覚しそうになる。

こんな素敵な人が、私なんかに本気で好意を寄せるはずがないのに。

そこへ、緑のエプロンをつけた店員さんが現れた。

「宮原マネージャー、1番にお電話です。」

「分かった。今、行く。」

宮原さんは返事をして席を立つと、一瞬微笑んで、

「じゃ、由里子さん、また。」

と去っていった。

私は、カップに残ったコーヒーを飲み干し、宮原さんの名刺をバッグに入れて席を立つ。

会計をしようとすると、もう宮原さんが私の分まで支払ったあとだった。

私は、自転車に乗り、今日もあのアパートへと帰宅した。