今、思えば、子供の頃から読書ばかりで、男性に全く免疫のない私がよくそんな会話ができたと思う。

だって、彼は、とても背が高く、俳優さんかと見紛うほどの美男子だったんだから。

白いワイシャツにネイビーのストライプ柄のネクタイを締め、店員であることを示すネームプレートを下げている。

シルバーフレームの細身のスクエア型の眼鏡の奥には、とても綺麗な切れ長の目が長い睫毛に縁取られていて、スッと通った鼻筋も凛々しい眉も自然と広角の上がった口元も、全てが今まで出会ったどの男性より魅力的に見えた。


ハンカチを受け取った後にその事に気付いた私は、途端に心臓がバクバクと大きな音を立て始め、頬や耳が火照って暑くて恥ずかしくて居たたまれなくなった。

私は、そのまま踵を返すと、ハンカチを握りしめたまま、店を飛び出し、ハンカチを握りしめたまま自転車のハンドルを握って、一目散にアパートに帰宅した。


私は大学を卒業してから、家賃が破格に安いアパートに住んでいる。

家賃が安いのは、日が全く当たらないから。

隣に高層マンションがあり、他の部屋は辛うじて早朝だけ朝日が入るのだが、私の部屋は夏至の前後ひと月ほどを除いてほとんど日が当たらない。

だが、本が好きな私は、その方が好都合だった。

本は日に当たると焼けて黄ばんで傷んでしまう。

だから私は、安い上に本に優しいこの部屋を好んで選んだ。