そして2月、節分から立春。 


「暦の上では春ですが、まだまだ寒い日が続きます。」


朝、出勤前に見た情報番組で、可愛い顔をした気象予報士が、こんなことを言っていた。何が春だ、俺は心の中で毒づいた。持って行きようのない怒りが全身に渦巻いていた。


こうして、2月もまた過ぎて行く。オフィスで石原の話題が上がることは皆無になった。彼女の席は、相変わらず空いているが、その光景もすっかり日常になってしまった。


みな、日々の業務に追われていた。それでも


「ア〜ァ、こんな時に梓さんが居てくれたらなぁ。」


なんて何気なく田代が口にした言葉に、空気が固まる。


「す、すみません。」
 

田代は慌ててるけど、別に謝ることじゃない。みんな口にしないだけで、石原のことを忘れたわけじゃないんだよ、当たり前だけど。


「梓ちゃんのこと、忘れるわけないさ。空いてる彼女の席は、嫌でも目に入るし、俺は彼女と一緒のチームで仕事することが多かったから。でも正直思ってしまう、もう彼女は帰って来ないんじゃないかって。お前には怒られるだろうけどな・・・。」


そんなことがあった後、ポツンと木村さんがそう言った。ふざけたこと言うな!・・・って反発する気力はなかった。


その日の夜、面会時間ギリギリだったけど、俺は病院に行った。初めて会った、つまりあの事故から、気がつけば間もなく2ヶ月。お母さんは、大袈裟でなくふた周りは小さくなってしまったんじゃないかと思う。


「CTを撮っても、頭部に異常は見当たらない、もちろん他にも調べる限りは異常はないってお医者さんは言っててね。事故に合った時の心因的ショックから、目を覚まさないとしか考えられないんですって。そうなると、現状打つ手がないって・・・。」


そう言って涙ぐむお母さんに、俺は掛ける言葉もない。話が終わって、落ち着く為だろう、すぐに戻りますと言って、病室を出て行くお母さん。


2人になった病室。俺はベッドの石原を見下ろす。


(なんで、目を覚ましてくれないんだよ。電気ショックでも与えればいいのか、それともやっぱりどこかにいる王子様を探すしかないのか・・・。)


悔しくて、切なくて涙が溢れて来る。俺の涙が石原の頬に落ち、それで彼女が目を覚ます・・・そんなドラマのようなことはたぶん起こらない。俺が涙を振り払った時だった。


「澤城、くん・・・?」


突然聞こえて来た俺を呼ぶ声。その声の方をハッと向いた俺の呼吸は一瞬、止まった。