(石原・・・。)


俺は改めて、彼女を見つめる。さっき、小川は


『梓をこんな遠くに感じたことはない。』


って言っていたが、俺は彼女をこんなに近くで見つめたことなんて、当たり前だが、今まで1度もなかった。


俺は無意識に彼女に手を伸ばし、その頬に指を這わせる。彼女の温もりが感じられ、彼女がちゃんと生きてるということが実感出来る。


俺の指はやがて、彼女の唇に触れ、その感触に俺は慌てて、その手を引っ込める。


小川の言う通り、今の石原は本当に美しい。神秘性すら感じてしまう。今の彼女を見ていると、どうしても小さい頃に読んだ童話を思い出してしまう。


俺がキスすれば、石原は目を覚ましてくれるかな?まぁ石原は魔法にかかって、眠ってるわけじゃないし、何より俺は王子様って、柄じゃあない。


結局、自分の欲望を満たすだけの話になっちまうだけだよな・・・。


そんなことを考えて、自嘲気味に笑ってしまう。


そして今度は石原の手を握る。


『梓の手を握って、絶対に離さず、死の世界から引っ張り上げてやってくれ。』


課長の言葉が蘇る。小さくて、でも柔らかな手だった。


石原と再会してからの8ヶ月、更には中学時代のことが走馬灯のように浮かんで来る。


中2の春、俺的には初めて石原を見た。はにかみながら、隣の席の俺に挨拶してくれた姿に、俺は一目惚れした。恋に落ちた。


以来、ヘタれだったからだが、俺はその思いから目を背け続けて来た。なのに石原は、俺が石原に気付くずっと前から、俺を想ってくれていた。


なんで俺みたいな男をそこまで・・・それを石原から聞くことは、今は出来ない。そして俺から彼女に思いを伝えることも出来ない。


後悔には2種類ある。なんであんなことしちゃったんだろうと言う後悔と、なんであの時、ああしなかったんだろうという後悔。どうせ後悔するなら・・・そんな古人の言葉が今更ながらに身に沁みる。


石原と重ねている手に、いつしか力が入ってしまっていることに、俺は自分で全く気付いてはいなかった。