15年目の小さな試練

「……うん。……でも、少し本を読んだくらいだよ?」

 その少しが気になる。

「参考までに、どんな本を読んだの?」

「えっとね、パパに何を読めばいいか相談して、」

 なるほど、おじさんに相談したか。確かに適任だよな。俺はそのまま頷いてハルちゃんの言葉を待つ。

「MBAの参考書を薦められたから、そう言うのを何冊か読んだの」

「MBA!?」

 待て待て待て。

 MBAとは、俺が大学院で取得すべく勉強中の経営学修士号のこと。MBAと英語で言う場合は主に社会人がビジネススクールで取るものを指す事が多いけど。
 いずれにせよ、その言葉が、高校出たばっかりでアルバイト一つしたことがないハルちゃんの口から出る違和感が半端ない。

 それでも、つきさっきのハルちゃんの嬉しそうなはにかむような顔を思い出すと、頭ごなしに否定する気にもならず、

「……理解できた?」

 そう聞いてみると、案の定の答えが返ってくる。

「あのね、難しいのね、経営学って」

 そう言いつつも理解できないとは言わないハルちゃん。

 でもね、ハルちゃん、経営学修士号って、普通、大学を出た後で取るものだからね? 理解できない方が普通だからね?

「パパから最初にもらった本は少し難しかったの。だから、途中で入門書みたいなのを買って、そっちから読んだの」

「なるほど、ね。……で、今はもう理解できる?」

「最初の本?」

「そうそう」

「うん。もう大丈夫」

 ハルちゃんがにっこりと嬉しそうに笑った。
 MBAの入門書じゃない本をもう理解できるって……。大学に入学してまだ一ヶ月ちょっとじゃないか。

「今度、どんな本か見せてくれる?」

 ハルちゃんは不思議そうに小首を傾げながらも、断る理由を思いつかないのか、

「うん。よかったら部屋に見に来てね」

 と優しく微笑んだ。
 その言葉に、どうやら気軽に持ってきて見せようと思えない量がありそうな気がして、また驚く。

「じゃあ、今週中にでもぜひ」

 にっこり笑ってそう言えば、ハルちゃんも嬉しそうに笑顔を見せてくれた。