「わたしね、本当は……大学を出たとしても、自分が働けるとは思っていないの」

 ハルは淡々と言った。

 オレは何も言えなかった。ハルくらい身体が悪かったら、普通に考えて、仕事は無理だろう。
 いや、世の中には、それでも生きるために働く人がいるのかも知れない。一人でできる仕事だったり、職場の理解を得てだったり、頑張って働いているのかも知れない。

 だけど、オレもオレたちの家族も誰一人、ハルを働かせようなんて思っていない。ハルもそれは理解している。

 ハルは何かを言おうとして、何度か言葉を飲み込んだ後、少し困ったような表情をしてオレに視線を戻した。

 オレは、ハルの頭をそっとなでる。話したければ何でも聞くし、言いたくなければ言わなくてもいい。

 将来のために何を大学で学ぶかを真面目に考えたハル。だけど、その先に就職はないと分かっているハル。そこにはもしかしたら、オレには思い及ばないくらいの虚しさがあるのだろうか?

「……あのね」

 ハルは何度かの躊躇いの後、言いにくそうに切り出した。

「わたしね、ずっと、二十歳を超えた自分のイメージがなかったの」

 ハルの言葉に、思わず身体が固まった。

 大学の学部の話をしていたはずが、とんでもない言葉が飛び出して、オレは息を飲む。
 そんなオレに、ハルは申し訳なさそうに眉を下げる。

 だけど、ハルは淡々と言葉を続けた。

「わたし、今でも、就職して働いてる自分なんて、想像もできないよ」

 ハルの語る内容が、想像したくもない未来を思わせるものだったとしても、ハルが一生懸命紡いでくれる言葉を途中で止めるなんてできる訳なくて、オレはただ、バカみたいにうんとかああとか相槌を打つ。