15年目の小さな試練

「捨てられるわけないわよ!」

 バカなことを聞くなと言わんばかりの剣幕で山野先生は大声を上げた。
 それを聞いて、ハルちゃんは小さく肩をすくめた。

「先生は欲張りですね。すべて手にできる人はいないんですよ?」

 もう、どっちが先生でどっちが生徒か分からない。

「あなたは違ったかも知れないけど、世に中にはいるでしょ!」

 ハルちゃんは、困ったように眉根を寄せた。

「どうして、その人が本当にすべてを持っているなんて分かるんですか? だって、先生は、こんなにも負の荷物ばかり背負っているわたしのことも、すべてを持っていると勘違いしていたのに」

 ハルちゃんの問いに、山野先生は口をつぐむ。

 確かにハルちゃんが持っているものは多い。だけど、持っていないものも、とても多いのだと思い知らされる。幼いころから知っている俺ですらそうなのだから、表面的なことしか知らない山野先生なんて、なおさらだろう。

「じゃあ、例えば……わたしの夫は何もかも持った人だと思いますか?」

 パッと表情を明るくして、山野先生は得たりとばかりに頷いた。

「ええ! 間違いなく、彼こそはすべてを持っているじゃない。

全国規模の会社を経営する親に恵まれて、初恋を叶えて、親公認で学生結婚。家族仲も良いみたいだし、その上、ビジネスの才能まであって、既に一財産も二財産も築いていて。

背も高くてイケメンで、料理が得意で空手は黒帯。完璧でしょう!」

 スラスラと叶太の事を述べる山野先生。

 ただの一生徒の事を、どうしてこの人はつっかえも考えもせずに語れるのだろう?

 どれだけ、ハルちゃんの事を嫉んでいたのだろう?