15年目の小さな試練

「ただ、あなたみたいに自分が恵まれている事を自覚もしないで、当たり前のように享受している人間を見ていると、苛立つのよ!」

 山野先生、その感情は多分、妬みですよ。それにハルちゃんは自分が恵まれていると、多分ちゃんと自覚している。

 そう言いたかったけど、ハルちゃんの横顔が俺の口出しを拒否しているように見えて、口を挟めなかった。

「……確かに、わたしのように持病があっても満足な治療ができない人もいるでしょうね。好きな人ができても病気のせいで結婚できない人もいるでしょうね」

「ええ、そうでしょうね」

「だけど……先生のように研究者として職に就くことを目指しながらも、叶わない人だって、いくらでもいますよね?」

 どこまでも穏やかな、だけど鋭いハルちゃんの言葉に、先生はまたひるむ。大学の教員というのは、とても狭き門だ。そんな中、うちみたいに割と名のある大学で三十代後半で准教授になっている山野先生は出世頭だ。

 その山野先生は、ハルちゃんの言葉に顔を赤くし、声を大きく荒らげた。

「あ、……ああ言えば、こう言う!」

 そんな山野先生をハルちゃんは憐れむような眼でじっと見つめた。

「先生。誰もが、自分の持ちうる以上のものは持てないんです」

 静かに、とても静かにハルちゃんは先生を見つめ、そして言葉を続けた。

「そうですね。……じゃあ、もし十年前に戻って、准教授の地位を諦めるなら、結婚して子どもを持つ人生が手に入ると言われたら、准教授の地位を捨てますか?」