15年目の小さな試練

 ハルちゃんが何を思って、自分の身体の事を話したのかは分からない。だけど、少なくとも、こんな言葉を聞くために話したのではないはずだ。

「ハルちゃん、もう行こう」

 思わず立ち上がり、ハルちゃんの手を引こうとした俺に、ハルちゃんは穏やかな表情で、

「大丈夫」

 と言う。
 ハルちゃんは山野先生の悪意たっぷりの視線や言葉にもまったく動じていない。

 もう一度、

「晃太くん、大丈夫だから」

 と俺に言うと、ハルちゃんは山野先生に視線を戻した。

 仕方なく、俺はもう一度ソファに腰を落とす。

「もしかして、先生はわたしのことを羨ましいと思っているんですか?」

「そ、そんな訳ないでしょう!」

 そう言い返しつつ、表情が、態度がその言葉を裏切っていた。

 確かに、病気のことを抜きにすれば、ハルちゃんはとても恵まれているのだろう。
 整った愛らしい容姿だって、誰もが持てるものではない。その上、祖父は大病院の院長、父は大会社の経営者、母は医師という経済的にも治療環境的にも恵まれた家庭。

 山野先生は若く見えるけど、既に四十代。何年か前に付き合っていた彼氏と別れたらしいと噂に聞いた事がある。その頃、研究室にいた先輩方が、先生が荒れて大変だと言っていた。十七歳で既に結婚して、夫から溺愛されているハルちゃんを妬ましく思ったとしてもおかしくはない。

 だけど……。

「私は今の自分に満足しているわよ!」

 ドンッと机に手を叩きつけ、怒鳴るように先生は言った。

「……そうですか」

 ハルちゃんは先生の怒りを静かに受け流した。