15年目の小さな試練

「だけど、先生、お願いするにはちゃんと理由があるんですよ? それは一緒に聞かなかったのでしょうか?」

 ハルちゃんの真っ直ぐな視線を受けて、ひるんだように山野先生は答えた。

「持病があって、身体が弱い、と」

 それだけ? 心臓が悪いとは聞かなかったのだろうか?

 もしかして、心臓が弱い、くらいは聞いたのかもしれない。
 だけど、山野先生にはハルちゃんが、ちょっとした持病のせいで甘やかされているお嬢さまにしか見えなかったのだろうか?

「……そうですか」

 ハルちゃんはとても静かな表情で山野先生を見る。
 そして、少しの間の後、表情を変えずに言葉を紡いだ。

「わたしには未来はありません」

 ハルちゃんの告げた言葉、最初は軽く聞き流した。次の瞬間、その意味が頭に染み込んできてハッと息を飲む。

 先生は何を言われているのか分かっていないように見えた。

「わたしは生まれた時から、常に命の期限と隣り合わせに生きています。今まで何度も余命宣告を受けているんですよ」

 とても静かに、ハルちゃんは言葉を紡ぐ。
 先生は怪訝そうにハルちゃんを見ながらも、口をはさむことはなかった。

「生まれてから今までで、走ったことは一回だけです。たぶん、走るって言うのがおこがましいくらいのスピードだったと思います。ほんの十秒くらい走った代償に、わたしは死にかけて、その後、生死の境をさまよい続け、半年ほど入院しました」

 当時四歳だったハルちゃんを走らせたのが叶太で、それがきっかけでハルちゃんに恋をして……、やがて二人は付き合い、そして去年、結婚した。

 ハルちゃん側から聞く、初めての話。だけど、ハルちゃんはそれ以上、叶太との話は語らず、先を続けた。