「ハルちゃん、何かリクエストある?」

 ケーキを食べ終わって、沙代さんたちがテーブルを片付ける中、晃太くんがふらりとわたしの方に歩いてきた。

「……リクエスト?」

 わたしが小首を傾げると、晃太くんはにこっと笑った。

「ピアノ、よかったら今弾くよ。もちろん、うちに移動してでもいいんだけど」

「え? 弾いてくれるの!?」

 スマホケースと一緒に渡した手紙には、いつか、またピアノを聴かせてねと書いた。晃太くんは、いつかじゃなく、今日この場で聴かせてくれるらしい。

 晃太くんはピアノがとても上手だ。小さな頃から習っていて、中学生の頃からは、音大の教授の愛弟子でもある。
 音大を目指すのかと思ったら、杜蔵の経営学部に進学するものだから、逆に驚いた。でも、そう、晃太くんはお義父さまの跡取りだものね。

「スマホケースのお礼に、俺が弾けるものなら何でも弾くよ。ああ、そうは言っても全部は暗譜してないから、楽譜がないのは厳しいかな」

 朗らかな笑顔に、棚に置かれていた楽譜が何だったか思い起こす。
 5つ上の晃太くん。小さい頃、晃太くんのピアノに憧れて、わたしも一度ピアノを習ったことがある。パパが張り切って、とてもいいピアノを用意してくれたのだけど、わたしの体力が足りず、結局、ピアノのレッスンは一ヶ月足らずで止めてしまった。

 誰も弾くことのないピアノは、今でも年に一度の調律だけは欠かさずされていて、壁の飾りとなっている。楽譜も、当初パパが色々用意したようで、隣の飾り棚で使われることなくしまいっぱなし。

 晃太くんにつられて、わたしも立ち上がり、ピアノの前に移動する。