冗談とか軽いからかいに聞こえるかも知れない。

 だけど、その中に小さな悪意を感じたんだ。

「無理にとは言わないわよ。できたらでいいんだから」

 そう言って、オレが返そうとした課題を当然のように差し出して来た山野先生。

「はい、お願いね」

 と笑顔で渡された物を、オレは突き返すことができなかった。

 オレに求められているのはメッセンジャー機能だけなのだと、先生の目が語っていたから。そして、ハルから、課題を止めて欲しいと頼まれた訳ではなかったから。



「……でも」

「ハルは、何がイヤ?」

「え?」

 オレの言葉を聞いたハルは、驚いたようにオレの方に顔を向けた。
 オレも自分の机からイスを持ってきて、ハルの向かい側に陣取った。

「ハルがイヤなのは、何?」

 もう一度聞く。

 できるなら、ハルが望むようにしてあげたい。でも、今まで通りにやるのは、もう無理だ。
 じゃあ、どこを妥協すればいいのか? ハルの気持ちを聞きたかった。

 ハルは困ったように小首を傾げた。
 オレは急かすことなく、ハルの答えを待つ。

 結婚した頃から、ハルは以前よりもずっと色んな言葉を口にしてくれるようになった。だけど、元々、ハルは口が重い。相当考えた後でしか言葉に出さないんだ。

「教えて、ハル」

 そう言葉を重ねると、ハルはオレの目をじっと見つめた後、観念したようにスーッと思考の海へと潜り込んだ。

 そういう時のハルはとても静かな表情をする。いつも浮かんでいる微笑みなんかも、すっかり消えてしまって、まるで人形のように無表情になる。