思い起こせば、空手部の初日、付き合ってはくれたけど、兄貴は練習の後に用事があるからと車で出かけて行った。二回目は行き先は一緒だからと家まで送ってくれたのに。

 あの時も彼女さんと約束があったとか?

 いや、それ以前に彼女さんにも自分を優先してほしい事情があったのかも? そこはきっと考えなきゃいけない。

 だけど、ごめん、兄貴。もしもう一度あの日に戻っても、オレは多分、兄貴を頼っちゃうよ。ハルに何かあったらと思うと、他の選択肢は思いつけない。

 オレが絶賛混乱している間に、兄貴は言葉を続けた。

「もちろん説明したよ。それを聞いた上で、その言葉だからね。何て言うか、そういう人間だったんだなと思ったら……冷めた」

 最後の言葉でぐっと温度が下がった。

 そこに兄貴の静かな怒りを見た気がして、息を飲む。兄貴が怒っているところなんて、初めて見た気がする。

「一年以上付き合ってそんな関係しか築けなかったのは、残念だったけどね。

『ごめんね、どっちが大事とか言う問題じゃなくて、ただ困ってる弟の力になりたいだけだったんだけど。きっとまた同じことがあったら、俺は同じことをしちゃうと思うから、それが耐えられないなら、別れよう』……って言って、それで、おしまい」

「え!? 兄貴から振ったの!?」

「そう。ああ、この子は自分しか見えてないんだなと思ったら、なんか嫌になったんだよな。謝ってきたけど、もう生理的に受け付けなかったし。

そういう訳だから、お前のせいじゃないよ」