「ピアノ、よかったら教えるよ? 叶太がいない水曜日の夜」

 そうすれば、多分、叶太も素直に空手に行くんじゃないかな?

 そう思っての提案だったけど、ハルちゃんは表情を曇らせた。

「でも、わたし、小さい頃に一度、ピアノ習わせてもらったけど、体力なくて練習もできなくて続かなくて……」

 その言葉に、十年以上昔、出会ったばかりの頃の幼いハルちゃんを思い出した。


   ☆   ☆   ☆


 ハルちゃんたち一家は年中さんになる年に、うちの隣に引っ越してきた。牧村総合病院の院長であるおじいさん達夫婦は元々うちの隣人で、その裏手にあった大きな駐車場をつぶして、ハルちゃんたちの家が建てられたんだ。

 5月の運動会の練習で叶太に誘われて走ってしまったハルちゃん。心臓病をひどく悪化させたハルちゃんは長い長い入院生活を送ることになった。その間、病院に日参した叶太は、気が付くとすっかりハルちゃんと仲良くなっていた。

 そして、子どもの年齢が上も下も同じだったのもあってか、うちと牧村家は自然と家族ぐるみのお付き合いをするようになっていった。

 当時、俺は小学四年生。幼稚部から同じとはいえ顔見知り程度だった明仁と話すようになったのも、その引っ越し以来。

 当時から、勉強も運動も完ぺきにこなす明仁は、まるで子どもらしくない子どもだった。顔は笑っているのに目が笑っていない。ケチのつけようがないくらい人当たりがいいのに、明仁への俺の印象は、得体が知れないヤツ。……だったのに、ハルちゃんと一緒にいる明仁を見た瞬間、あいつへの印象は一変した。