「だから、カナにわたしのことを考えないでって言ったのだけど、なんかできないみたいで……」

 その言葉に思わず吹き出す。

 それ、叶太に言ったんだね、ハルちゃん!

 でもって、叶太、お前やっぱりできないんだ!

「まあ、あいつには無理かもな」

 笑いながら言うと、ハルちゃんは困ったように眉を下げた。

「だから、ね。わたしのことを考えない時間を増やして欲しくて」

 ああ、なるほどだ。それでこの時間か。

 他のどこにいても、多分、授業中も移動の車の中でも食事中でも、寝ている時まで、叶太は一緒にいてもいなくても、ハルちゃんのことで頭がいっぱいなのだろう。

 だけど、確かに空手をしている時だけは、そこにハルちゃんが入り込む隙はないように見える。叶太がちゃんと空手に向き合えているのが分かる。

 すぐ側に、同じ空間にいるのに、俺を呼び出してハルちゃんの隣に配置するくらいには、叶太はハルちゃんを気にかけられないのだろうと、ようやく自分が呼ばれた本当の意味に気付く。叶太のではなく、俺の同席を断らなかったハルちゃんの気持ちに。

 俺が同席を断ったら、叶太はハルちゃんがどう言おうと、多分、ここには来ていない。

 休憩時間に意識を向ける事くらいはあるのだろうけど、途中でハルちゃんの顔色が悪くなっても、多分、叶太は気付けないのだと思う。それくらいには集中しているのだろう。

 そして、ハルちゃんは叶太にそんな時間……自分の事を忘れる時間を増やしたいと。

「なるほど」

 俺に意図が通じたのが分かったみたいで、ハルちゃんはにこりと笑った。