15年目の小さな試練

「陽菜~! おはよう~!」

 教室に入ると志穂が飛んできた。

「とうとう卒業だね~」

 ハルが志穂に抱きしめられている、週に何度か見るこの景色も今日で見納め。少なくとも制服では。学部は違っても、同じ大学に通うのだから、きっと志穂はハルを見かけたら抱きついてくるだろう。

「おはよう、しーちゃん」

 ハルはいつも通りに穏やかな笑みを浮かべて志穂に応える。そのまま志穂に促されて席に向かうのもいつも通り。
 志穂はまだ空いているハルの前の席の椅子を引いた。オレはハルの机に鞄を置く。これも今日で最後かと思うと、感慨深い。場所は変わってもオレがすることは変わらないとは思うけど。

「本当に、卒業だね。……なんか寂しくて」

 ハルが眉尻を下げて志穂を見る。

「だよね? 四月から同じ大学に通うって分かってるのにさ」

「このクラス、仲が良かったからな」

 オレが隣から言うと、登校済みのヤツらが笑いながら言う。

「お前らのおかげでな」

「オレたち?」

「そうそう。ハルちゃん命の叶太くんがいるクラスは何故かムチャクチャまとまるって有名だよね」

 女子からも楽しげな声が上がる。

「何それ、初耳」

 オレが驚いて声を上げると、横からしれっと志穂が言う。

「普通さ、そう言うカップルがいるとしらけるんじゃないかなって思うんだけどさ、叶太くん社交的だしね~」

「ハルちゃんはおっとりしてて可愛いしね~」

「そうそう。なんか和むんだよね~」

 うーん。ハルがおっとりしてて可愛いのは間違いないし、ハルを見てるだけで和むのは確か。

 そう思いながら、ハルを抱きしめて、その感触を楽しんでいると、腕の中のハルが

「あの……カナ、……離して」

 と真っ赤な顔をしてつぶやいた。

「ん? なんで?」

 離れがたくてそう言うと、

「来た来た。あー、この風景も今日で見納めかと思うと寂しいよな」

 とヤジが入る。

「や、大学でも見られるでしょ?」

「見られる、見られる。叶太がハルちゃんをほっとくはずがない」

 ぷっと周りのやつらが吹き出した。
 うん、でもそう。オレがハルをかまわない日なんてないからね。