夜明け3秒前

次の授業は、担任が受け持つ教科の数学だった。



「よーし、お前ら始めるぞー」



まだ20代だという先生は、他の先生たちよりも比較的情熱的な人だと思う。


体育祭前には毎日放課後残って競技の練習をさせられた。

そして体育祭は無事優勝して、まだ5月だったのにも関わらずクラスの仲はとても良くなった。


それからみんなで打ち上げに行ったらしいが、そこには先生もいたらしい。

もちろん私は打ち上げには行かなかったけれど。
その理由はただひとつ。



「ん?なんだ佐藤いたのか!」



先生が笑いながら言ったその一言で、教室中の目線が私に集まる。
そして、みんな揃ってバカみたいに笑うんだ。



「やっぱり存在感がないと気づかないなあ」



先生は今日も、まるで悪気はないですというようなまっさらな笑顔で、私の心を何度も釘で刺している。



「ホントだ気づかなかった〜」

「今日も来てたんだ、うっざあい」



前の席のチャラいと有名な男の子も、斜め後ろの最近彼氏ができたという女の子も、みんなそう。


私のことが嫌いなのだ。
いや、嫌いなんて言葉じゃ足らないかもしれないけれど。


ああ、なんだ、今日もいい事なんてなかった。
痛い、ずっと痛い。


そのとき、ガタンと隣から椅子の音がした。
はっとして見ると、麻妃が立っていた。



「あんたら、いい加減にしなよ」



その声は怒りで震えていた。
いつもは綺麗なその瞳も、今はただ威圧感しかなくて怖い。


怒ってくれている、私のために。
ズキズキ痛かった心に、彼女がしてくれたその行動はすごく温かくて。



友利(ともり)、今は授業中だぞ?座りなさい」



でも現実はそう甘くなかった。



「まーた庇ってるよ、あんな奴の味方についても意味ないのにね」


「偽善者乙〜」



まるでどうして怒っているのかわからないととぼけた様子の教師。
クスクス笑うクラスメイト。


また心が痛くなる。
でもそれ以上に、彼女が悪く言われているのが辛くて、どうしようもなくて。



「っ、あのさあ!」



声を荒らげた麻妃の手を、そっと取る。
彼女は私と目が合うと、とても悲しい顔をした。



「私なら大丈夫だから、ね?」

「何言ってんの、凛月、こいつらは」

「麻妃」



手をぎゅっと握り、彼女の名前を呼ぶと、納得しない様子だったけれどガタンと音を立てて座った。



「友情ごっこかよ」



またバカにした笑い声に耳が痛くなったけれど、それからは何もなかったかのように授業が続けられた。