ガチャ、と扉を開けると、そこには母と父がコーヒーを片手に、テレビを見ながら座っていた。

父はまだスーツを着ていて、帰って来てそんなに時間はたっていないんだろう。


「お、お父さん……お帰りなさい」


恐る恐る声をかけると、父はフンっと鼻で笑う。


「お前、旅行へ行くんだってな、それも流川とかいうやつと」

「う、うん」


母とはまた違う威圧感に、話しているだけで冷や汗が出そうになる。
彼を怒らせて一番怖いのは暴力だ。


母とは比べ物にならないほど痛いし、痕が消えるのにも時間がかかる。
心臓がドクンドクンと大きく鳴っているのを聞きながら、続きの言葉を待つ。


「オレの会社の取引先の1つだよ、それもお得意様だ」


そう話す父は、どこかかったるそうに見える。
でもまさか、お父さんの働いている会社と流川くんに繋がりがあったなんて。


「お前、一体どんなあくどい手口を使って仲良くなったんだ?」

「そ、そんなことしてない、ただ学校で知り合っただけで……」


まさか、クラスメイトに水をかけられて困っているところを助けてもらいました、なんて言えない。


父は「ああそうかよ」と、聞いておきながら興味はなさそうにコーヒーを飲む。
どっしり構えている彼は、さながらこの家の王様だ。


「とにかく、余計な真似するなよ。恥をかくのはオレなんだからな!」

「は、はいっ」


コーヒーを飲み干すと、カップを置いて扉の方へと歩いていく。
隣を通ったとき、殴られるんじゃないかと身構えたけれど、そのままリビングを出て行った。


静かになったリビングに、母と私だけ。
意を決して、母の座っている方へと近づいた。


「お、お母さん、さっきは酷いこと言ってごめんなさい!」


思いっきり頭を下げて謝る。
10秒、20秒たっても返事はない。

やっぱり叩かれる……?
心の奥がザワザワしてきたとき、彼女はとても冷たい声で「もういいわ」と言った。


私はおずおずと顔を上げる。
母の言う『もういい』は十中八九、『もう許してあげるからいいよ』ではなく、『もうお前には失望したからどうでもいい』という意味だろう。


もう一度謝ろうとすると、彼女はポンと机の上何かを置く。
チラッと見るとそれは一万円札だった。


「明日買い物に行くのでしょう。私はこれだけしか出さないから」


それだけ言うと、母も席を立ち、父の置いていったカップを洗いだす。
まさか、お金をもらえるとは思っていなかった。


貯めていたお年玉で全額払えと言われるとばかり……
もちろん、『お金を出したのだから絶対に恥ずかしくない恰好をしろ』という意味だろうけれど。


それでも嬉しかった。
両親から何かをもらうということがなかったから。


「ありがとう、お母さん!」


明日はなんとか麻妃に会うことができそうだ。