家に帰ると、母は妹と弟と話していた。
私と同じように夏休みに入った妹弟たちは、流川くんが来ていた間、部屋にいてくれたんだろう。


「ふーん、じゃあ来週の8月からアイツはいないんだ」

「よかったじゃん!それより遊ぼうよ姉ちゃーん」


どこか嬉しそうに話す莉子と興味がなさそうな光輝。
きっとそういう反応だろうなと思ってはいたけれど、実際に喜ばれると悲しいものがある。


ふと母がこちらに振り返ると、さっきまでとは違う鋭い視線が刺さった。


「あら帰ってたの。あんた、流川さんに余計なこと言ってないでしょうね」

「う、うん」


母の言う余計なこととは、どこまでの範囲のことかわからない。
でもきっと言ってしまっているだろう。

それでも目が、表情が、母が怖くて、反射的に答えてしまった。


「そう。あんたなんかが旅行に連れて行ってもらえるなんて、流川さんに感謝することね」

「……うん」


声のトーンも目線もどんどん下へと落ちていく。
母の言う通りだ。


わかってはいるけれど、心はチクチクと痛い。
だけど、ここでへこたれる訳にはいかない。


「……お母さん、お願いがあって」


小さく震える声に、自分でも情けなくなる。
でも、明日麻妃に会うためには今言うしかない。


「明日、出掛けてきてもいい、ですか?」
「何?流川さんと買い物にでも行くの?」


母はただ疑問を持っているようにも、少し怒っているようにも見える。


「……ううん、その、麻妃とです」
「何?あの生意気な女とですって?」


麻妃の名前を出した瞬間、母の眉間にしわが寄る。
一気に空気が悪くなったのがわかった。


「一体何しに行くの?」
「そ、それは……」


喧嘩をしたから謝りに、なんて正直に言ったらいけない気がして口ごもる。
『喧嘩って何があったの』『どうしてそうなったの』と聞かれたら、いよいよどうしていいかわからなくなりそうだ。


「……麻妃に、会いに」


沈黙に耐えられなくなって、あやふやな答えになった。
母はため息をつくと、「そういうことを聞いているんじゃないの!」と一喝される。


「ご、ごめんなさ……」
「謝るんだったら答えなさい!」


母が大声を出すたびに、私の心はどんどん小さくなっていく。