夜明け3秒前

「えっと、中学生のときから仲良くしてくれてる友達が一人いるんだけど……」


「その子ってもしかして、廊下で喧嘩してた子?」



さっきの1組の男子と似たような質問をされてびっくりする。
まさか流川くんも知ってたなんて。



「うん、たぶんそうなんだけど……やっぱり目立ってた、かな」



恥ずかしいのと辛いのが混ざり合って、不安になる。
あのときは必死だったし、そのあとも意気消沈していたから、周りのことなんて考えてなかった。



「んー……確かにちょっと目立ってたんじゃないかな。あのモデルの友利と凛月が廊下で喧嘩してたって聞いた」



そうだったんだ。
きっと相手が麻妃だったから、別校舎の1組まで話がいってしまったんだろうな。


もしこれが私と麻妃や人気者の子以外だったなら、広まっても同じ校舎の6組や8組までしかいっていないはずだ。



やっぱり麻妃はみんなに注目されているんだなあ……



もちろんわざとじゃなかったけれど、廊下であんな風に言うんじゃなかったと後悔する。


麻妃は何か言われてないかな。
心配してくれているだけなのに、だいぶ迷惑をかけてしまった。



「まだ仲直りしてない?」

「え?」



流川くんにそう聞かれて、一瞬意味がわからなかった。
だけど、そのあとすぐにそうかと納得する。



「してない……けど、そんなこともわかっちゃうなんて、やっぱり流川くんってすごいね」



私の好きな飲み物を何も聞かずとも買ってきてくれたように、彼はやはりエスパーなのかもしれない。



「すごくなんてないよ。ただそうかなって思っただけ」



おかしそうに笑っているのを見ていると、なんだか私の気持ちまで少し楽になる。



「凛月さえよければ詳しく聞かせてくれない?」



そして、何故か彼には話してもいいかなと思ってしまう。
これも彼が人気者の理由のひとつなのかな。


うん、やっぱり流川くんってすごい。



「……麻妃とは、中学の入学式のときに仲良くなったんだ。そのときにはもう雑誌に載っちゃうくらいかわいくて、おしゃれで……すごくかっこよくて」



今でも、出会った日のことは昨日のことのように思い出せる。
隣の席に座っている子が、まるで画面の中からでてきたみたいにかわいくて、すごく緊張した。



「でも麻妃は、モデルであることを驕ることは一度もなくて、みんなに好かれる人気者で……それでも私の友達でいてくれて……」



彼女の人気はいつも凄まじかった。
男女ともに好かれ、先生受けもいい。


でもそれは、彼女がモデルの仕事をしているくらいかわいいからじゃない。
間違いなく麻妃の人柄だった。



「……私の顔に痣ができた日、麻妃は誰よりも怒って心配してくれたんだ。それで、本当のことを話したの」



思い出すだけで、胸がぎゅっと締め付けられて苦しい。
流川くんは相槌を打ちながら、静かに聞いてくれた。



「そしたら、麻妃が私の家にまで来てくれて……お母さんたちと話を、してくれて……」



声が語尾に近づくにつれて、どんどん小さくなる。



「……お母さんたちは、すごく酷い言葉を……麻妃に、怒鳴ってて……」



麻妃はとても怒っていたけれど、お母さんたちの前では冷静だった。
けんか腰なんかじゃなくて、ただただ質問をしている感じで、きっと隣に座っていた私の方が緊張してたと思う。



だけど、お母さんが



『この子が全部悪いのよ!他の兄妹たちよりも劣って、かわいくない!先生にも親戚にも近所の人にだって、誰にも自慢できない!私は責められる筋合いなんてないわよ!』



そう言ったとき、麻妃は静かに立って、



『自分の子どもたちを比べて平等に愛せないなら、兄妹なんて産むな!』



それだけ言うと挨拶をして静かに家を出たことを、ずっと覚えてる。