夜明け3秒前

着いたところは、昨日出会った体育館裏だった。
今日も私たち以外の人はいないようで、変わらず静かな場所だ。


流川くんが昨日と同じ場所に座ったので、隣にお邪魔する。
近すぎず遠すぎず、できるだけ緊張しない距離感で。



「あの、これ借りてたタオルと体操服……本当にありがとう」



さっきは男子の言葉にびっくりして手が止まってしまったけれど、今度はちゃんと渡すことができてほっとする。



「はは、全然いいよ……って、これアイスティー?」

「うん、昨日のコーンポタージュのお礼に……よければもらってほしいな」



朝、家を出てからコンビニに寄って買ったものだ。


昨日飲んでたものと同じになっちゃったけれど、私は流川くんのようにエスパーじゃないから、彼の好きな飲み物がそれ以外わからなかった。



「ありがとう、ありがたくもらうな」

「うん」



彼は嬉しそうに笑って受け取ってくれた。
よかった、お礼したいなって気持ちがあってモヤモヤしてたから、ちょっとスッキリする。


もちろん、伝えないといけないことはまだ残っているけれど。
ずっと一人で、部屋にこもって考えてた。


迷惑になるとか、やめておいた方がいいとか、否定的な言葉もたくさん出てきたけれど、最後には同じ結論になってしまう。



「それから、昨日の返事、なんだけど……」

「うん」



ぱちっと目が合って心臓がドキッとする。
だけど、真剣な表情で聞いてくれていて、少し嬉しくなる。


小さく深呼吸して、手をぎゅっと握った。



「本当に、流川くんの迷惑じゃないなら、行きたい」

「そっか」



彼は力が抜けたように微笑む。



「で、でも!もし母に止められたら諦めます、きっと大変なことになるし……」



私だけならまだしも、爆発してしまったらどこに火種が飛んでしまうかわからない。


そのことをちゃんとわかってるはずなのに、それでも逃げたいなんて、自分のことながら馬鹿みたいだってわかってる。



「凛月、あのさ……一日考えたんだけど、やっぱり俺も一緒に凛月のお母さんと話しちゃいけないかな」


「え?」



まさかその話をされるとは思わなくてびっくりする。
昨日みたいな大きな声はでなかったけれど、声は裏返ってしまって恥ずかしい。



「凛月にとって触れてほしくない話題だってわかってる、デリカシーないってわかってるんだけどさ……」



5秒ほど沈黙が流れると、流川くんは重そうな口を開いた。



「誘ったのは俺だし、もし何か言われるなら、凛月が一人でっていうのは嫌だなあと思って……まあでも、火に油を注ぐ場合もあるって言われると本当にその通り、なんだけど……」



私は流川くんの言葉に何も言えなかった。
彼が真剣に考えてくれているとわかって、逆になんて返したらいいのかわからない。



「あー……上手く言えないんだけど……やっぱりダメ、かな?」


「え、ええっと……」



聞かれて言葉に詰まる。
私も、この不安でモヤモヤした気持ちをどう言ったら伝わるのか、上手い言葉が浮かんでこない。



「流川くんがそう言ってくれるのは、本当に嬉しいんだけど……その、前みたいになったらって思うと怖くて……」



あやふやなまま、気持ちが口から漏れていく。
思い出すのは母と麻妃の姿だ。



「前って?」



尋ねられて、すこし口ごもり躊躇した。
だけど、流川くんは引いたり笑ったり言いふらしたりするような人じゃないって知っている。