夜明け3秒前

「あ、えっと……」



何か喋らないと、そうは思っても言葉が何も出てこない。
父や母とは違う威圧感。


手が震えていることに気づいて、余計喉が渇く。



「最近暑いし、涼しくなってちょうどよかったでしょー?」



にこにこ笑みを浮かべているけれど、目が全然笑ってない。



怖い。



それだけしか頭に浮かばない。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。



「は?何、どういうこと?」



麻妃の声が聞こえてはっとする。
どうしよう、麻妃だけには知られるわけにはいかない、知られたくない!



「ち、違うの麻妃、これは……」


「そうそう!あたしたち、ありがたーいこと教えてあげただけだから、ね?」



目が合うと、怖いくらいの笑顔でにこっと微笑まれ、そのまま3人とも歩いて教室へと入っていった。


それでも私の体の緊張は抜けない。



「凛月!どういうこと!?あいつらに何されたの!?何言われたの!?」



麻妃はすごい必死な顔で聞いてくる。
まるで、私の顔に見ているだけで痛くなるくらいの痣ができたときみたいに。


あのときはまだ中学生になったばかりの頃で、母からの暴力が一番ひどいときだった。
麻妃はすごく心配してくれて、そして私よりも怒ってくれてた。



「な、何もされてない」



嘘だ、きっと麻妃にもバレてる。
私は嘘をつくのが得意じゃない。


昔も、今も。
誤魔化せてないことくらい、自分で恥ずかしいくらいわかる。



「凛月!本当のこと言って!」



ああほら、でも言えないよ。
水かけられて、私がブスなのに麻妃と一緒にいるからいじめられてるって言えって言うの。



「ねえ凛月!あたしにははなせな――」

「何でもないの!!」



すごく大きな声が出てしまった。
昨日のより、ずっと大きい声。



「ご、ごめん、麻妃。でも本当に大丈夫だから」



デジャヴだ。
私、本当に何やってるんだろう。


麻妃はびっくりして目を開いていたけれど、表情はどんどん歪んでいった。



「……何それ。手だって震えてるのに」

「それは、その……」



ああ上手く言い訳が思いつかない。
必死に頭を働かすけれど、結果はいつも同じだ。



「凛月はいっつも大丈夫大丈夫って言うけど、大丈夫だって顔したことなんてないじゃん!」


「え……」



何も言うことができない。
私、いつもどんな顔してた……?



「このバカ凛月!大丈夫って嘘つくならうまくつけるようになってからにしろ!バカ!!」



思いっきり大声で叫んだかと思うと、麻妃は怒ってそのまま教室に入っていく。



最悪だ、とうとうやってしまった……



私の体も脳も動かなくて、チャイムが鳴るまでずっと突っ立ていた。


授業が始まって席に着くと、隣の席の麻妃は机に突っ伏していて、話すことも目が合うこともなく、そのまま放課後になってしまった。