夜明け3秒前

家に帰ってリビングを覗くと、妹たちはもう夜ご飯を食べていた。
ふわりと美味しそうな香りがする。



「ただいま……」



相手に聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声で言う。
挨拶はきちんとしなければいけないことくらいわかっている。


でも相手の機嫌次第で無視されることは少なくないし、だからと言ってしなければ『あ、いたんだ』なんて笑われてしまう。


結局『おかえり』なんて言ってくれることはないし、私が帰ってきたことなんてほとんど気にしてないから言わなくてもいいんだけれど。


でもいつか、もしかしたら、なんて期待してしまうのだ。


この小さな世界でできるだけ傷つかずに生きていくためには、こんなずるいことをしないといけない自分が嫌になる。



「ふふふ、莉子(りこ)は相変わらずモテるのねえ」

「別に……告白されただけだし……」

「僕だってモテるもん!」

「何言ってんの、小学生のマセガキが」



今日は無視コースらしい。
母と妹弟たちが食卓を囲んで楽しそうに話している。


こうしてみると、とても仲のいい普通の家族だなと思う。
妹の莉子だって少し口調はきついけれど、私に対する冷たい目なんかじゃなく、笑顔で弟に接しているのだから。



羨ましい。
だけど、手が届くことはない。



ガチャンと、できるだけゆっくり、音をたてないようにして扉を閉めた。
そのまま脱衣所で服を脱いで、体操服、タオル、制服とどんどん洗濯機に入れる。


カゴに入っていたみんなの服も一緒に入れて、洗濯機を回した。
母に見つかったら、きっとめんどくさいことになってしまう。


『どうして制服がこんなに濡れてるの』とか『これは誰から借りたの』とか。
質問自体はいいけれど、それに答えたあとが大変だ。


まあそれ以前に、水をかけられたなんて言いたくないけれど。
モヤモヤする気持ちも一緒に流れてしまわないかな、なんて考えながらシャワーを浴びた。