夜明け3秒前

「邪魔だったら誘ってないよ。それとも俺とじゃ嫌?」


「そ、そういうわけじゃ……」



ああなんて言えばいいんだろう……
流川くんと逃げることがもしできるのなら、逃げてしまいたい。


でも、問題は山積みだ。
私は一緒にいて楽しい人間ではないと思うし、それに……



「母はたぶん許してくれない、と思う……」

「……なるほど」



旅行に行くとなると、母と話すことから逃げることはできないだろう。
でも、母だけでなくあの家族は、私の話をちゃんと聞いてくれないことがほとんどだ。



もし聞いてくれても、旅行に行くことを許してくれるかな……



麻妃と遊びに行くだけでも『勉強は?家の手伝いは?学生なんだからもっと他にやることがあるでしょう』って言われるのに……


流川くんは少しの間考えこむと、


「じゃあ俺が一緒に話すよ」


と笑った。



「一緒に頼んでみて、無理だったらそれでまた考え――」


「だ、ダメ!」


「え?」



咄嗟に大きい声を出してしまって、流川くんの顔がこわばる。
その表情を見て、やってしまったと手で口を覆う。



「あ、ご、ごめんね……」

「いや、俺の方こそごめん。ちょっとデリカシーなかったよな」



ああ、また悲しそうな顔をさせてしまった。
彼は悪くないのに。


こんな私に優しくしてくれた人なのに……
それでも、いいや、だからこそ怖いと思ってしまったのだ。


もしも麻妃みたいに、悪く言われることになってしまったら……って考えてしまう。



「違うの本当に、流川くんは悪くない……だからその、返事は明日でもいい?」



また逃げてしまった。
明日にしても、たとえ来年にしても、いつかは向き合わないといけないことなのに。


それでも、今日は思った以上にいろいろなことが起こりすぎて、一人でゆっくり考えたかった。



「うん、もちろん。待ってる」

「ありがとう……」

「それじゃあ、そろそろ帰ろっか」



冷たいコンクリートから立つと、ぬるい風が吹いた。
もう夕日が沈みそうだ。



「あの、流川くん、本当にありがとう。タオルも体操服も、コーンポタージュも……あ、明日洗濯して返すね」


「はは、いいよ気にしないで」



立ってみると彼の目線がさっきより遠くて、少し安心する。
やっぱり慣れない距離感で、無意識に体に力が入ってしまっていたらしい。


歩きだそうと思ったとき、プルルルルと携帯の着信音が鳴った。
私じゃない、ということは彼しかいない。



「あー……ごめん、友達から」


「ううん気にしないで。邪魔になっちゃうし……先に帰るね。また明日」


「ごめんな、また明日」



手を振って、少し早足になりながら帰路に就く。
体操服を着ているからか、周りからチラチラと見られる。


一緒に汚い傷も見られてしまっているのではないかと、気が気じゃなかった。