夜明け3秒前

「……その痣は、クラスメイトに?」



じっと見ていると、喋りかけられて肩がビクッと跳ねる。


絵になるなんて考えてたことバレてないよね……?と心配しながら、右手で左腕をそっと触る。


そこだけじゃない、私の体にはたくさん痣と傷があって、とても半袖の制服なんて着ることができなかった。


きれいに治るまでにまた新しい痣ができてしまう。
いつもその繰り返し。


それには、クラスメイトの人たちが私のことを嫌いな理由がちゃんとあるように、あの人たちにも私を殴り、怒る理由があるのだ。



「……これは、父と……母に」

「……」



何もできない子だから。
兄はもちろん、妹や弟の方が優れていることが多くて『お前だけ血が繋がっていないんじゃないか』と言われたことも記憶に新しい。


家族というものは不思議だ。
血縁関係がない親子や兄弟でも、”本当の家族”のように暮らしている人たちだっているのに、私はどうだろう。



兄がテストで90点をとったら褒めていたように、私も同じように褒めてほしかった。


妹がかわいい服を買ってとねだったら買ってくれていたように、私も同じように買ってほしかった。


弟が泣いたら泣き止むまでぎゅっと抱きしめていたように、私もぎゅっと抱きしめてほしかった。



私だけ。


私だけ、あの家族の中の輪に入れていない気がして、そしてそうだったと気づいて、一番に思ったのは『寂しい』だった。



どうすることもできない。
『家族に愛されるための努力』をすることに、ちょっと疲れてしまっていた。



「……どこか遠くに逃げてしまいたいな」



そしたら、難しいことは考えずに過ごせるかな。
父の機嫌をうかがわずに、母の私以外の兄妹の接し方を見なくていい生活がしたい。


もちろん、そんなことできないんだけれど。



「じゃあ、2人で逃げようか」

「……えっ?」



流川くんの発言に驚いて隣を見ると、にこっと微笑まれる。



「まあ詳しく言うと、逃げるっていうか旅行する、なんだけど」

「……え?」



余計に頭がこんがらがってわからなくなる。


旅行?
旅行なんてしたことがない。



「俺、夏休みは毎年一人でじいちゃんのところに帰るんだ。ちょっと遠いけど、すげーいいところでさ。凛月も一緒に行く?」



まるで、すぐそこのカフェ行かない?って軽い感じで聞いてくれているけれど、中身はそうじゃないことくらいわかる。


これは、本気で誘ってくれているのかな……
ほとんど面識がないに等しい私を、大切な旅行に?



「だ、大丈夫、そんなお邪魔できないよ」



当たり前だ。
私が本当について行ってしまったら、きっと迷惑になるに違いない。


独りごとのように本音をこぼしてしまったことを後悔する。
それでも、流川くんの優しさが嬉しいと思ってしまうけれど。