夜明け3秒前

「……あ、ええとなんで……びしょ濡れだったか、の話なんだけど」


「うん」



流川くんは優しい顔でこちらを見ていた。
でもやっぱり、その話を彼にするのが恥ずかしく思えて、目をそらす。


視線の先には、生垣が風に吹かれてさわさわ揺れていた。
綺麗な緑色に太陽の光がキラキラと当たっている。


こんな話をして、引かれたりしないだろうか。
笑われたり、馬鹿にされたりしない?


考えれば考えるほど、不安な気持ちが膨れ上がっていく。
話し出したのは私なのに、言葉を紡げなくてどんどん言い出しにくくなる。


ああでも、この話を麻妃にする方が無理だな。
これ以上、彼女を巻き込みたくない。


……確かにそう思っているはずなのに、私は麻妃から離れたくないと思ってる。
とんでもない矛盾だ。



言葉にして吐いてしまえば、楽になるだろうか。



ぎゅっと両手を胸の前で握る。
何歳かなんて覚えてない頃、兄に教えてもらったおまじない。



『ぎゅーってしたら、勇気でるから。おれもパワー凛月にあげる!』



結局兄も私のことが嫌いな家族の一人で、温かい思い出なんてほとんどないけれど。
今でもこうしておまじないをしてるなんて言ったら、馬鹿にされるだろうか。



それでも不思議と、愛されていた記憶とは忘れられないもので、力になるのだ。



「……水、かけられたんだ、トイレで……私、クラスの子に、その、あんまり好かれてなくて」



自分でも驚くほど声が小さくて震えていた。
でも、ひとこと言葉がでてくると、重い石を肩からおろしたように気持ちが軽くなった気がする。



「……そっか」



流川くんは驚きもせず、それ以上聞きだすようなこともしなかった。
遠くで部活動中の部員の声が聞こえるだけの、静かな時間が流れる。


だけど今更急に不安になって、


「……引いた?」


なんて聞いてしまう。


自分で話すと決めておきながら、本当に心が弱くて嫌になる。



「……俺、最近までよく女に間違われてたんだ。男らしくないって笑われて、よく馬鹿にされてた」


「え?」



流川君の話の意図が読めなくて、思わず顔を向けると、また目が合う。



「引いた?」



少し不安そうに目が細められて、胸がぎゅっと苦しくなる。



「……ううん」



そう言うと、彼は安心したように表情を緩めて目線を空に向けた。
ああ絵になるな、と思った。