夜明け3秒前

沈黙が流れて、空気が悪くなってしまった気がする。
何か喋らないと、と思っても、会話のレパートリーなんてなくて。


びしょ濡れになった訳、話したほうがいい……?
いやでも、話すにしてもすごく話しづらい空気にしてしまった……



もう少し、当て触りのないこと……


……あ、ある!
まだ言ってなかった、大切なこと!



「あの、自己紹介ってしてなかった、よね……?」



流川くんの様子をうかがうと、ああ、と反応してくれる。
にこっと微笑むと、


「でも俺知ってるよ、佐藤凛月(さとうりつ)さん、だよな?」


と聞かれた。


私の名前、それもフルネーム。
人気者の彼がなんで、話したこともない私の名前を知っているんだろう。



「うん、そうだけど……まさか知ってるとは思わなかった」


「はは、それを言ったら凛月だってそうだよ。俺の名前、知ってると思わなかったな」



おかしそうに笑われて、そうだろうかと疑問に思う。



「流川くんはかっこよくて性格もいいって有名だから。きっとみんな知ってるよ」



それこそ、この学校なら誰でも。
友達が麻妃しかいなくて、うわさに疎い私でも知っているんだから、おかしいことじゃないと思う、たぶん。



「嬉しいけど、なんか恥ずいな。じゃあ、凛月もそう思ってくれてたり、する?」


「えっ!?」



突然そんなことを聞かれて言葉が詰まる。
私、私は……

自然と目線が合って、離せなくなる。



「う、うん……そう、思う」



たじたじになりながら答えると、流川くんは嬉しそうに笑った。


顔については、一般常識でどこからがかっこいいに入るかわからないけれど、綺麗な顔で整ってるなと思う。


性格がいいかどうかなんて、愚問だろう。
さっき会ったばかりの私に、タオルを貸してくれるばかりか体操服まで貸してくれて、飲み物まで奢ってくれたのだ。


これで性格が悪いなら、この世界はきっと悪いひとばかりになってしまう。



「あ、そういえば下の名前で呼んでよかった?俺、馴れ馴れしくない?」



不安そうに聞かれて、思えば「凛月」って言われてたと気づく。



「ううん、大丈夫だよ、凛月で」



麻妃以外に名前で呼ばれることが少ないからか、胸が温かくなる。


先生やクラスメイトには苗字で呼ばれるし、家族にはいつも「あなた」とか「お前」とか「ブス」とか……

考えてたら悲しくなってきた、やめよう……



「よかった、じゃあ、凛月で」
「うん」



そういえば、馴れ馴れしくないか不安になるなんて、私とは真逆だなあ。
流川くんは確かにフレンドリーというか、パーソナルスペースは狭そうだ。


だけど、不快になるかと言われればそうじゃない。
気を遣って話してくれているんだろうなって思う。


今はもうだいぶ力を抜いて話すことができていた。
私の勘違いじゃなかったら、さっきより空気が良くなった気がする。


彼に話しても、いいだろうか。
会ったばかりなのに、流川くんのことを何も知らないのに、話しても大丈夫だろうか。


迷っている気持ちは確かにあるのに、私は何故か口を開いていた。