夜明け3秒前

「お待たせ!はい、これ」



流川くんが走って帰ってくると、ぽんと温かいものが渡される。
ありがとうとお礼を言いながら見ると、黄色いパッケージに、美味しそうなコーンの写真が映っていた。



「コーンポタージュだ……!」

「あはは、好きならよかった」



嬉しくて思わず声が出てしまったのを、彼に笑われて少し恥ずかしい。


それにしても、好きな飲み物をピンポイントで当てて買ってきてくれるなんて、彼はエスパーなのかな……


缶を手でゴロゴロして温まっていると、流川くんはナチュラルに私の隣に座ってきた。


顔をチラッと盗み見ると、顔はもう赤くない。
彼の手には一緒に買ってきたのか、アイスティーのペットボトルが握られていた。


熱中症……は大丈夫そうかな?
よかった、と心の中でほっと息を吐く。



「あ、お金……!」



普通の女子高生よりはお金を持ってないと思うけれど、自分のドリンク代くらい払える。


コーンポタージュの缶を置いて、まだ若干濡れているかばんの中から、質素なブラウン色のお財布を取り出す。



「いいよ、それくらい」


「えっ、悪いよ!ただでさえタオルとか体操服とか……」



なにもかもお世話になってる。
私は流川くんに何もできてないのに。


なんでもなさそうに笑う彼に、どうしてこんなに優しいんだろうと、少し怖くなる。


これが普通……?
みんなにとっての当たり前、なのかな……


そんな風に悩んでいると、表情に出ていたのだろうか、流川くんがそれじゃあ、と続ける。



「よければ話、聞かせてよ。当たり障りのない範囲でいいからさ」



一段と優しい声で話されて、心がほわっと温かくなる。
麻妃も私に優しいけれど、どちらかと言えば手を引いて歩いてくれる太陽みたいな優しさだ。


流川くんはなんていうか、布団とコーンポタージュみたい。
温かくて眠くなってしまいそうな感じがする。



「……やっぱり、痣とか見えて、た……?」



意を決して聞いてみると、彼は驚いた顔をした。
首に手を当てて、言いにくそうに口を開く。



「……あー、そっちじゃなくて、なんでびしょ濡れだったかを聞こうかなと思ったんだけど……」



やってしまった!!
自分で口を滑らしたことに気づいて、顔を手で覆い俯く。



「ご、ごめんなさい……!忘れてください!」



恥ずかしさと申し訳なさで消えてしまいたい。
日本語ってなんて難しいんだろう……


いや、これは私の勘違いだから、日本語は悪くないんだけれども……
声にしてしまった言葉は取り消せない。



「えーと、正直な話、痣が見えてたかと聞かれたらイエスなんだけど……」


「やっぱり見えてたんですか!?」



流川くんの言葉に驚いて、パッと顔をあげる。
目が合うと、気まずそうにそらされた。



「あーその、だからつまり透けてたからいろいろ見えちゃったっていうか……ごめん!」



勢いよく告げたかと思うと、パチンと手を合わせて謝られる。


めっちゃ反省してますというオーラが伝わってきて、私って謝ることは多くても謝れることって少ないな、なんて頭の隅で考えてしまう。



「ううん、その、気にしないで。逆に気分が悪くなるもの見せちゃって、ごめんね」



謝罪すると、流川くんはすごく悲しそうな表情をした。
その顔を見て、今日の麻妃を思い出してしまう。


ああ、また悲しませるようなこと言っちゃったな。