夜明け3秒前

貸してもらった体操服は、汗のにおいよりも柔軟剤……いや、これは流川くんの匂いなんだろうか、よくわからないけれど、とにかくいい匂いがした。

体操服は半袖だけど、私にはちょっと大きくて七分丈みたいになる。
そのほうが腕が隠れるし、すごくありがたいんだけど。

長袖以外をあまり着たことがないから、そわそわして落ち着かない。
何より痣や傷が見えてしまうのではないかと不安になる。

タオルは肩にかけさせてもらった。
気休めにしかならないけれど、首周りがすーすーして気になってしまうから。


「お前ら声出てないぞー!」


部活動中の生徒だろうか、大きい声がここまで届いてびっくりした。

こんなこと考えている間にも、流川くんを待たせてしまっていると気づいて、シャキッと心を強く持ち直す。


「あの!……着替え終わったから、こっち向いても大丈夫、です」


声をかけると、彼はわかったーと言って、こちらの方へ近づいてきた。

視線を向けられると、なんだかドキドキして前を見れない。


「あはは、やっぱちょっとでかいな」
「うん……でも、ありがとう」


お礼を言うと、いいよいいよと返ってくる。
流川くんは何というか、すごくフレンドリーだ。

たぶん友達とか多いんだろうな。
どうしたら嫌われないのか、ご教示いただきたい……


「寒くない?」


声をかけられて、またぼーっとしそうだったと気づく。
こうやって人の話をちゃんと聞いていないから、母や父に怒られてしまうんだと反省する。


「うん……着替えたからだいぶ平気、です」
「よかった。あ、汗臭くない!?」


ほっとした顔をしたかと思ったら、すごい顔で聞いてくるものだから、なんだかおかしくて笑いがこぼれる。


「……ふふ、大丈夫だよ」


彼に安心してもらえたかな、と思って返事を待つけど返ってこない。
気に障ることを言ってしまったかと焦って彼の顔を見ると、ぱちっと目が合う。


「……あ、ごめん!大丈夫ならよかった、なんか温かい飲み物でも買ってくる!」

「え、でも…………ああ、行っちゃった」


早口に告げたかと思ったら、私の声も聞かずにたったったと駆けて行ってしまった。
あっという間に見えなくなる後ろ姿に、足速いなあ、と羨ましく思う。

なんだか流川くんの顔が赤かった気がしたけれど、大丈夫かな。

私が待たせていたせいで、熱中症になってしまったんじゃないかと心配になる。

……今考えたって仕方ない。
彼が帰って来てから体調大丈夫って聞くのでも遅くない、かな。

立って待っているのもなんだか変な気がして、座って待つことにした。
私がポタポタと濡らしてしまったコンクリートは、ほとんど乾いていた。